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2012年11月7日水曜日

Colors 横浜市港南区医師会報11月号


Colors 横浜市港南区医師会報11月号

 例年になく長い残暑が過ぎ、気がつけば突然晩秋となっていた。東北の山も遅い紅葉の時季を迎え、絢爛とした色彩が森を覆い、遠くの山頂に冠雪を望むことができた。ジョージ・ウィンストンのピアノ曲「Colors」が頭の中に響いた。摂氏5度の空気の中、紅葉に彩られた山峡を縫って奥羽山脈を越え、花巻に下ると10度ほどの暖かさであった。宮澤賢治がイーハートヴと呼んだ山あいの土地である。田園風景がのどかで美しい。木々の赤や黄色がとても濃く、背景の緑との対比が鮮烈だった。昼夜の大きな温度差が、美しい色づきをもたらすのだという。早い雲の流れに陽光が明滅し、やがて午後4時頃には急に日が傾き、気温が下がるのを感じた。
 翌朝早く宿を出て、きりっと冷えた夜明けの空気を吸いこみ、小川沿いに裏山の小道を登ると、森の中は色彩の交響曲だった。朝日の中を進むと、どうどうと流れる川の水が山肌の影を写して美しい。やがて岩の中から水が沸き出すように流れ落ちる不思議な滝にたどり着いた。むかし賢治の見た同じ光景だという。滝つぼをまわり、苔むした橋を渡って、落葉に覆われた道を踏みしめ山を下りた。
 花巻を後にして、伸びやかな北上川の流れを遠くに見ながら、平泉を訪れた。中尊寺あたりに近づくと、突然のように人と車が多くなり雰囲気が変わった。しかし、のどかな自然に囲まれた境内に入ると別世界であった。いろはもみじの高木の枝が天蓋のように覆う参道から見上げると、枝の黒、雲の白、空の青、葉の黄色や赤や緑が入り混じり、すべての色彩がそこにあった。参道の奥の木立に埋もれるようにひっそりと奥州藤原氏の遺産である金色堂の建物はあった。古人の思い描いた彼岸の世界を想像するのは困難だが、ほの暗い建物の中に入ると、奥深い金色の輝きの中で、死者を迎える仏たちの姿が奇跡のように浮かび上がっていた。戦乱の世に人々が希求した極楽浄土の色彩が目の奥に焼きついた。かつて松尾芭蕉がこの地を訪れた時に感じたであろうように、東北と日本、そして世界の平安を祈りながら小さな旅を終えた。

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