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2012年11月25日日曜日

神奈川県内科医学会秋季学術大会 認知症疾患への対応について 診療および病診連携の立場から 吉井文均先生

神奈川県内科医学会秋季学術大会 「認知症疾患への対応について 診療および病診連携の立場から」 吉井文均先生

 近年急速に認知症が増加している。わが国の65歳以上の人口3000万人に対して認知症患者が300万人を超えたので、65歳以上の高齢者の10人にひとりが認知症という状況である。しかしこの病気のことが一般に十分理解されているとはいえない現実がある。
 厚労省のオレンジプランのなかで4つのポイントが強調されている。(1)早期診断早期対応が重要、(2)この病気に対する良い薬がまだ少ないので、病診連携を進めることが重要、(3)地域の中で医療的介護的サービスを構築することが重要、(4)若年性認知症への対応も重要である。
 東海大学認知症医療センターでは、以前から行っていたこの病気自体の研究に加えて、早期診断早期治療方法の研究や専門医との連携、医療と福祉の連携についても手がけるようになった。認知症の治療連携のためのケアパスをつくるため、今年4月に医師、看護師、薬剤師、行政などが参画し神奈川県認知症対策推進協議会ができた。そこでの議論の中から様々な人が書き込めるスタイルのノート形式のケアパスを開発した。今後多くの場所で活用していきたいと考えている。また地域で認知症患者を支える初期集中支援チームを5年かけてつくっていく予定である。
 若年性認知症患者数は増加しており、45歳を超えてから急速に増え10万人あたり100人いると考えられるが、見逃されていることが多いと思われる。若年性認知症の方が進行が早く重症者も多い。子供がまだ小さかったり、住宅ローンなどを支払い中であったりと重大な社会的な問題を引き起こすが、その支援のシステムはまだ整備されていない。これについては協議会でもとりあげ、まず疫学的調査から始めていくことになった。
 認知症の中ではアルツハイマー病が多く、血管性認知症やパーキンソン病に類似するレビー小体型認知症もある。アルツハイマー病の初期では、妄想、記憶の低下、意欲の低下が特徴的である。病理学的には、アミロイド老人斑と神経原線維変化が特徴である。これらの異常な蛋白の蓄積は認知症の症状が出はじめる20-30年前から起こっていることがわかってきた。したがって早期診断が重要であるが、初期のうちは記憶の障害(ものわすれ)のみなので、軽度認知障害(MCI)と診断される。MCIからアルツハイマー病への移行は年間30%に達するとみられ、この段階から治療を開始することが望ましい。認知症の診断のツールとして改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)があるが、MCIの診断のためにはHDS-Rにあるような3つの言葉の想起では不十分であり、7語の想起で評価する必要がある。MCIの場合、ヒントを与えてから想起を繰り返しても想起できる言葉の数が増えないのが特徴である。また頭頂葉の障害では立体認識が悪くなるので、自分の手で狐の形をつくり前後に並べることができないことがある。
 最近ではアミロイドなどの異常な蛋白の脳内への蓄積を画像として見つける技術も開発され、バイオマーカーの研究も進み日常診療の中で認知症の早期診断への方向性もみえてきた。
 認知症の中核症状を進行させない治療とともに、周辺症状(BPSD)を出さないための治療も大事である。脳内アセチルコリンの低下を防ぐ、あるいは働きをよくするアセチルコリンエステラーゼ阻害薬としてドネペジル、ガランタミン、リバスチクミンが初期から使用される。一方、初期の適応はないが症状が進んだ段階で使うNMDA受容体拮抗薬メマンチンは、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬と併用することが多く、併用によってよい効果が期待できる。NMDA受容体は神経毒性に関係する受容体であり、NMDA受容体拮抗薬は神経細胞の変性を抑制する働きがあるので、もっと初期から使ってもよいかもしれない。メマンチンはBPSDとしての行動障害や攻撃性を抑えるため、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬の最大用量に達する前から併用するのもよいが、用量設定は症例ごとに考える必要がある。高齢者ではめまいふらつきが出やすいので注意すること。将来アミロイドβそのものを取り除く薬も開発され、先制医療の方向に変化してきていると言える。
 非薬物療法としては運動療法や家族との関係性が重要である。糖尿病、高血圧、脂質異常症は認知症を発症増悪させるため、きちんと治療しなければならない。禁煙も大事である。適量のアルコールと運動療法は認知症治療に有用である。運動の神経細胞に対する効果もわかってきた。日光にあたることで産生されるメラトニンにより生活のリズムが整うことが脳の活性化に役立つため、運動は外に出て太陽にあたりながら行うことである。音楽療法においても集団で行い、体を積極的に動かすことが重要である。
 認知症は周りの人のケアの仕方でよくもなるし悪くもなる。ビデオ供覧により、NHKの放送で取り上げられた若年性認知症患者クリスティーン・ブライデンさんの例を示し、彼女がADLを維持できているのは、周囲の人々の患者への理解ある接し方によるところが大きいことを強調したい。認知症の治療を考える上で、患者自身への治療だけでなく患者の家族に対しての治療も必要ではないか。認知症患者が「何ができないか」より「まだ何ができるか」に目を向けて、残っている機能を生かし社会に還元するようにしていくことが重要である。

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