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2019年5月26日日曜日

神内医ニュース81号 学会の動き

学会の動き(神内医ニュース81号) 総務部会長 岡 正直

 神奈川県内科医学会総務企画部会が企画担当している講演会は、定時総会時学術講演会、臨床医学研修講座、新春学術講演会そして集談会の4つです。
【平成31年新春学術講演会報告】
 平成31年新春学術講演会は平成31年1月17日(木)19:00~横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ5F「日輪」にて禁煙推進委員会と心臓血管病対策委員会の担当で開催されました。宮川政昭会長の開会の挨拶のあと2つの講演が行われました。その内容を簡単に紹介いたします。
講演1「内科医が知るべき禁煙医療」
座長:神奈川県内科医学会禁煙推進委員会 委員 山田峰彦
演者:神奈川県内科医学会禁煙推進委員会 委員長 長谷 章
 日本の成人の主たる死因は高血圧と喫煙によるものである。平成16年に当委員会は「禁煙分煙推進委員会」として発足した。「禁煙指導マニュアル」「禁煙医療のための基礎知識」といった書籍を刊行し、神奈川新聞社とのセミナーの企画、平成19年に神奈川県知事に要望書を提出し、平成20年に全国に先駆けて神奈川県で受動喫煙防止条例の制定を実現した。今後、我が国でのオリンピック開催に向け、名称を「禁煙推進委員会」と改め、禁煙推進活動を全国に広げて行きたいと考えている。
 実は喫煙者の6~7割はタバコを止めたいと思っている。喫煙者は10年短命で、病気や障害で苦しむ期間は5年長い。喫煙は「ニコチン依存症」という病気であり、積極的な治療対象なのである。ニコチン依存には身体的依存と心理的依存がある。神経伝達物質の欠乏と認知の歪みを伴うことはうつ病に類似している。その治療法として、ニコチンパッチやニコチンガムを用いるニコチン置換療法やバレニクリン内服療法がある。これらと同時に動機づけ面接法を併せて行うことが有用である。副作用としての悪心嘔吐には漢方薬の「抑肝散陳皮半夏」が有効である。
 最近煙の出ない加熱式タバコが登場し、タバコ産業によって健康被害が少ないかのようなキャンペーンがなされているが、その根拠は希薄と言わざるを得ない。現状は、タバコ産業が加熱式タバコの有害性についてのデータ集めを、日本人をモルモットにして行っていると考えられる。加熱式タバコと言えども、有害物質を周囲に拡散させることは明らかであり、受動喫煙の観点から、公共の場で吸うことが許されないことは言うまでもない。
講演2「最新の心不全治療」
座長:神奈川県内科医学会心臓血管病対策委員会 委員長 國島友之
演者:日本医科大学武蔵小杉病院 内科・循環器内科 教授 佐藤直樹 先生
 超高齢社会を迎え、心不全患者数は急増している一方、心不全という病気の認知はあまり進んでいない。平成30年に改訂された心不全診療ガイドラインにおけるポイントは以下の通りである。(1)心不全の定義を明確化し、一般向けの定義も記載した(2)心不全とそのリスクの進展のステージと治療目標を記載した(3)心不全を、左室駆出率(LVEF)が低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)と LVEFが保たれた心不全(HF with preserved EF;:HFpEF)に加え、LVEF40~49%をHF with mid-range EF(HFmrEF)に分類して記載し、HFpEF improved(または HF with recovered EF)についても記載した(4)心不全診断アルゴリズムを作成した(5)心不全進展のステージをふまえ心不全予防の項を設定した(6)心不全治療アルゴリズムを作成した(7)併存症の病態と治療の記載を充実させた(8)急性心不全の治療において時間経過と病態をふまえたフローチャートを作成した(9)重症心不全における補助人工心臓治療のアルゴリズムを作成した(10)緩和ケアの記載を充実させた。
 急性心不全の診療においては時間軸を念頭に初期対応を行うことが重要である。特にうっ血の評価がポイントである。なぜなら、うっ血により多臓器障害が進行するからである。3つのタイプ別に心不全治療を示す。
 呼吸困難を主とした「肺水腫」心不全では、低酸素状態となっているためBiPAP(Bilevel Positive Airway Pressure)を早く行うこと。また収縮期血圧110以上なら硝酸薬スプレーも有効である。全身うっ滞を主とした「むくみ」心不全では、利尿薬(フロセミド)の早い投与がよい。水利尿作用のあるトルバプタンの早い段階での併用も望ましい。低心拍出を主とした「だるさ」心不全では、強心薬(ドブタミン)を早く投与することである。
 心不全の緩和治療が癌の場合と異なる点は、心不全に対する治療自体が緩和ケアにつながることである。緩和ケアは終末期から始まるものではなく心不全が症候性となった早期の段階からAdvance Care Planning(ACP)を実施し、また多職種チームによる患者の身体的、心理的、精神的なニーズを頻回に評価することが重要である。
 講演終了後、武田浩副会長の閉会の挨拶があり、別室で情報交換会が行われました。
【第81回集談会報告】
 第81回集談会は平成31年3月2日(土)17:00~横浜ベイシェラトンホテル&タワーズにて第1地区横浜内科学会の担当で開催されました。講演会は17:00~20:00、5階 日輪ⅡⅢにて、第1地区以外の4地区からと横浜内科学会の7分科会から計11演題が発表されました。演者(敬称略)と演題をご紹介します。
呼吸器 浅岡雅人(神奈川県立循環器呼吸器病センター呼吸器内科)
「当院で経験した過敏性肺炎の2症例(亜急性例・慢性例)」
消化器 小川祐二(横浜市立大学医学部 肝胆膵消化器病学教室)
「NAFLD/NASH 最新の知見について」
循環器 杉山 肇(いきいき杉山クリニック)
「BNPにて心不全を診断するコツについての考察」
糖尿病 石川 雅(いしかわ内科クリニック)
「インクレチンの最近の話題(GLP-1受容体作動薬を中心に)」
神経 山田人志(横浜神経内科・内科クリニック)
「パーキンソン病の認知機能障害と血中ホモシステインとの関連」
腎高血圧 春原須美玲(横浜市立大学医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学)
「原発性アルドステロン症における24時間自由行動下血圧測定を含めた臨床的特徴の検討」
総合診療 長谷川 修(横浜市立大学 名誉教授)
「神経も忘れないで・・・糖尿病神経障害の評価とその意義」
第2地区 國島友之(国島医院・川崎市医師会)
「ASOに関するアンケート結果について」
第3地区 岩澤孝昌(横須賀市立うわまち病院)
「当院における慢性心不全患者のアドバンスケアプランニングの取り組み」
第4地区 古木隆元(秦野駅南口診療所・秦野伊勢原医師会)
「慢性腎臓病合併2型糖尿病症例におけるSGLT2阻害薬投与の影響(後ろ向き研究)SGLT2阻害薬に併用した降圧薬の腎機能に及ぼす影響の検討」
第5地区 金森 晃(かなもり内科・相模原市医師会)
「75歳以上高齢糖尿病患者の運動習慣と握力変化との関連性」
 発表終了後、別室(4階 浜風)にて懇親会が持たれました。


【令和元年度定時総会・定時総会時学術講演会報告】
令和元年度定時総会・定時総会時学術講演会は令和元年5月18日(土)に神奈川県総合医療会館7階大講堂にて開催されました。 定時総会に先立って評議員会が同じ会場で午後4時から行われました。岡幹事の司会のもと、山本副会長の開会挨拶に続いて宮川会長の挨拶があり、第4地区の原芳邦先生が議長に選出されました。第1号議案「平成30年度事業報告承認の件」第2号議案「平成30年度決算承認の件」第3号議案「令和元年度事業計画(案)承認の件」第4号議案「令和元年度予算(案)承認の件」第5号議案「役員改選の件」第6号議案「会則改正の件」第7号議案「その他の件」は全て原案の通り可決承認されました。武田副会長の閉会挨拶にて評議員会は終了しました。
 午後4時15分より、定時総会が永井幹事の司会のもと行われました。出川副会長の開会挨拶につづいて物故会員の黙祷があり、宮川会長の挨拶のあと議長に宮川会長が選出されました。評議員会議長の原先生より評議員会の報告を頂いた後、第1号から第7号議案すべてが原案の通り可決承認されました。第5号議案の可決承認に伴い、金森晃先生が新しく神奈川県内科医学会会長となり、就任のご挨拶を頂きました。
 表彰式に移り、感謝状ならびに表彰状の贈呈式が行われました。感謝状は第81回集談会の開催にご尽力いただいた横浜内科学会会長 小野容明先生に、神奈川県内科医学会表彰は第1地区:松澤陽子先生、第2地区:洪基哲先生、第3地区:矢島眞文先生、第4地区:中村尚夫先生、日比謙一先生、林勉先生、第5地区:吉崎明彦先生、伊藤俊先生、山川宙先生に贈呈されました。第81回集談会優秀演題表彰は横浜神経内科・内科クリニックの山田人志先生とかなもり内科・相模原市内科医会の金森晃先生のお二人に贈呈されました。
 最後の事業委員会報告は紙上説明とし質疑応答もありませんでした。小野副会長の閉会挨拶により定時総会は終了しました。
 午後5時20分より同じ会場で松葉幹事の司会のもとに定時総会時学術講演会が行われました。武田副会長の開会挨拶のあと、小野副会長が座長をつとめ講演1「インターネットやマスコミの情報に惑わされる患者さんにどう対処するか?」を神奈川県内科医学会メディカルコミニュケーション委員会委員長 松澤陽子先生にご講演いただきました。ご講演の内容を簡単に紹介いたします。
 『メディカルコミニュケーション委員会(MC委)は精神腫瘍学、高齢者医療、生活習慣病の3つを中心に活動している。
 現代日本人が健康や医療について調べる際、70~80%はインターネット検索サイトを、8~10%はインターネット質問サイトを利用しており、2014年の糖尿病患者の代替療法の情報源についての調査でも、テレビや新聞雑誌の比重が大きいことが示されている。
 今回、MC委では2019年3月~4月に会員に対してアンケートを実施し、マスコミやネットによる信用できない医療情報を信じている患者に対して会員がどのように対処しているかを調査した。配布数223、回答47、回収率21.1%であった。対処の仕方については、これが正解というものはなく、さまざま対処法を集約して「智恵袋」を作ろうと考えた。患者の意見に対して、否定的な対処や、逆にそのまま受け入れる(受け流す)肯定的な対処もあった。また、この機会をとらえて「なぜ、そのような情報に惑わされるようになったのか?」という原因を掘り下げることによって、医師・患者間の信頼関係を深めようとする対処法も興味深く思われた。
 玉石混交、悪意や誤解、利益誘導やフェイクニュースを含め、日々過剰な情報があふれる現代社会の中で、信頼に足る医学情報源を知り、患者に紹介できることが臨床内科医に期待されている。情報源の一つとして国立栄養研究所のサイト「健康食品の安全性・有効性情報」(https://hfnet.nibiohn.go.jp/)を紹介したい。その他、各学会や大学病院・専門病院のインターネットサイト、日本臨床内科医会や製薬会社のパンフレットなどもよいと思われる。
 健康情報を入手し理解し評価して活用するための能力を「ヘルスリテラシー」という。まずは医師自身のヘルスリテラシーを高め、さらにヘルスリテラシーをわかりやすく説明する能力も高めることである。ここに患者の想いを聴く姿勢が合わさることにより、医師と患者の信頼関係が深まり、患者のヘルスリテラシーの向上が達成されるものと考えている。』
 続いて金森副会長が座長をつとめ講演2「渋滞のサイエンス~渋滞学とは何か~」を東京大学先端科学技術研究センター数理創発システム分野教授 西成活裕先生にご講演いただきました。ご講演の内容を簡単に紹介いたします。
 『来年2020年は東京オリンピックで人の混雑が予想され、目下いかに人を誘導するか検討中である。ネットショッピングの普及に伴い、物流が危機的
な状態となっており、その効率化は待ったなしである。また、近年体内の蛋白質の渋滞が癌や神経変性疾患などの発症に関与していることが分かってきた。
 渋滞の研究は100年前の電話交換の渋滞に端を発した「待ち行列理論」によるものが主流であったが、近年排除体積効果を考慮した「セルオートマトン(CA)」を応用することにより新たな展開が開けてきた。CAとは、格子状のセルと単純な規則による離散的計算モデルである。非常に単純化されたモデルであるが、生命現象、結晶の成長、乱流といった複雑な自然現象をよく説明することができる。
 「渋滞」を科学的に定義するために必要な要素は流量と速度と密度の3つである。密度は「密度=流量÷速度」によって求められる。高速道路上の自動車を例に、道路に設置されたセンサーより得られたデータをもとに流量を縦軸に密度を横軸にグラフを描くと(図1)のようになる。密度が低いうちは、密度が増すにつれ流量が増えていくが、ある臨界点を境に密度が増すにつれ流量が減っていくことが分かる。流量が頭打ちになり減少に転じたあとの状態が「渋滞」であり、「渋滞」の定義である。液体である水が、臨界点の摂氏零度を下回ると固体の氷に変わるように「相転移」が起こったと考えら
れる。高速道路上の自動車の場合、臨界点となる密度は「1000メートル内に25台」となる。人間の雑踏の場合は「1平方メートル内に2人」で混雑となる。 興味深いことに、昆虫のアリの行列には渋滞が存在しないことが知られている。進化の過程の中で、渋滞を起こす非効率なアリは淘汰され絶滅したのではないだろうか。アリの行列を観察すると、渋滞の臨界点となる密度の距離以内に詰めようとする個体がいないことが分かる。このことから渋滞を解消するためのヒントが得られるという。自動車の場合、渋滞の起こり始めた車列の途中に、あえて十分な車間距離を維持し続ける「渋滞吸収車」を何台か混ぜて走らせることにより、初期の渋滞であれば消してしまえることが、大規模な実験により証明できた。しかし、愚かな人間は車間距離が空くとすぐ間に割り込もうとするため、なかなかうまくいかないことが多いが、近い将来自動運転が一般化すれば渋滞の発生は無くなる可能性が高いと思われる。
 その他、混乱しない自動車や人の合流の仕方、結果的に早く行ける車線の選び方、非常口からの最も早い全員の脱出を可能にする設計、行列の混雑を消す音楽のテンポ、空港の入国審査を早く終わらせるための行列の設計など話題は尽きないが、最後に真核生物の細胞内で物質を運搬するモーター蛋白であるキネシンに関する研究を紹介したい。(図2)キネシンは主にATPを加水分解しながら微小管に沿って運動する性質を持ち、細胞分裂や細胞内物質輸送に重要な働きをしていることが分かってきた。微小管を高速道路に、キネシンを自動車に当てはめて考えれば、ATP濃度が高い場合やキネシンの量が多い場合、キネシンの渋滞が発生することが予想される。この渋滞している部分と自由に運動している部分との境界を、実験により実際に観察することができた。キネシンの渋滞を解消することにより、多くの難病の治療につなげていきたいと考えている。』
 出川副会長の閉会挨拶で定時総会時学術講演会を終了しました。
 場所を近隣の横浜伊勢佐木町ワシントンホテルの2階「アクアマリン」に移し情報交換会が行われました。


【おわりに】
 平成27年度から平成30年度までお世話になりました宮川政昭会長に代わり、令和元年度より金森晃新会長が就任され神奈川県内科医学会の新体制が始まりました。総務企画部会の前身である「学術1部会」を平成23年度より前任の伊藤正吾先生より引き継ぎ、平成27年度より宮川会長による新体制に伴い「学術1部会」と「総務部会」が合流し「総務企画部会」となって以降も総務企画部会長を務めてまいりましたが、宮川会長のご退任と時を同じくして平成30年度を最後に部会長の役を終えることにいたしました。近年、講演会の開催に製薬メーカーの共催が得にくくなり、関係者のご苦労は大変なものとなっておりますが、長い歴史のある本体事業に新たな変更や発展を加えつつ、会のさらなる発展を祈念したいと思います。新しく始まった「知の羅針盤」事業の継続・発展も見守ってまいりたいと存じます。皆様には長い間大変お世話になり誠にありがとうございました。

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