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2019年5月25日土曜日

横浜市医師会災害医療研修会に参加して 2019.05.19

横浜市医師会災害医療研修会に参加して  岡 正直

 令和元年5月19日(日)午前8時30分から午後5時45分まで、横浜市医師会会議室(横浜市健康福祉総合センター6階)にて横浜市医師会災害医療研修会が開催されました。例年土曜日と日曜日の2日間で行われていたものを、今年から1日にまとめて行うようになったため、早朝から夕方までかかる長大な研修会となりました。42名の参加者のうち港南区を代表して業務調整員として鴻野事務長と災害医療アドバイザの岡の二人が参加しました。
 研修のインストラクタを担当したのは特定非営利活動法人「災害医療ACT研究所」の先生方でした。研究所のウェブサイト(http://www.dm-act.jp/)から引用した文章により紹介します。
 『「災害医療ACT研究所」は東日本大震災をはじめ、これまでの災害での経験を生かし、災害医療を学際的に研究し、人を育て、実働します。必要とされる医療の需要は災害の規模、種別、時間経過などによりダイナミックに変化するため、個々の災害の様相は一見異なります。しかしながら、あらゆる分野において需要と供給の不均衡が生じ、社会が混乱する中、大きな傷跡を残し、復旧復興に長い時間を要することは共通しています。
 我々はこれらの共通点をさまざまな視点から研究し、得られた知見からより良い策を提言します。また、研究結果をもとに、災害医療支援に役立つ人材を育て、人と人とを繋ぐ要を目指します。そして、災害時には人と人とのネットワークを通じ、専門家としての人材を派遣し実働します。』(引用おわり)
 横浜市医師会副会長 山崎具基先生の開会挨拶の後、横浜市医療局医療政策課課長 種子田太郎さまより「横浜市の災害医療体制」についての講演をお聞きした後、42名の参加者は7つの小グループに分かれ、災害医療ACT研究所理事長 森野一真先生より「研修の意義」についてのレクチャーを受け、実際の研修に入りました。テーマ別の各研修は冒頭に説明を聞いた後、小グループごとに実習を行い、最後にまとめの話を聞くという気の抜けない形式で行われました。
 最初のテーマは「災害被害想定確認」で、日本によく似た、仮想の「やあまと国」の沖合を震源とするマグニチュード8.5の地震が発生したとの想定のもと、震源に近い海沿いの「灰汁斗(あくと)県」の地図を囲んで、県内に50か所ある避難所へ、その場で提示された医療救護隊などの医療資源をどのように配分して向かわせるかの実践的な計画を立てました。各避難所の避難者の人数や、川にかかる橋が崩落している等の道路事情も考慮しなければなりません。
 休憩をはさんで次のテーマは「救護班調整・避難所評価演習」です。全国から集結した各救護班は構成員の編成や利用できる装備や滞在日数もそれぞれバラバラで、また各避難所の状況も個別に異なっており、極めて複雑なパズルのピースを組み合わせるような神経の衰弱する実習となりました。
 支給された崎陽軒弁当を昼食休憩にいただいて、午後の部に移りました。
 午後の最初のテーマは「チーム運営技術」で、「ヒモバシル」実習を行いました。「ヒモバシル」とは「ヒト」「モノ」「場所」「システム」「ルール」をどのようにつないで課題を解決するのかということであり、各グループにそれぞれ3つの課題「簡易トイレを調達してほしい」「福祉避難所を新設したい」「ノロウイルス感染が疑われる」から一つを割り当てられ、解決策を練りました。
 その後、総まとめとして、全員をABCの三つの災害対策本部に振り分けて、横浜市中区で大きな地震が発生、沿岸部は液状化し多くの建物が倒壊したとのリアルな状況設定のなかで、演習用にあらかじめ準備された携帯電話に様々な要請が次から次へと入るなか、できるだけ速やかに対策を立て、調整し、支援を要請する3時間弱に及ぶ実習に臨みました。臨場感のある緊迫した雰囲気が続き、次々と舞い込む難題に追いつけない対応を続ける中、脳味噌が次第に沸騰する感覚を味わいました。
 疲労困憊したところで実習が終了し、最後の反省会となりました。インストラクタの先生から、われわれの災害対策本部のチームはよく対応できていたとのご評価をいただき嬉しかったです。
 とても長かった研修会が終了し、医師会の建物から外に出ると、夕方の陽の光のなか、いつもと変わらない桜木町の街並みがそこにあることに大きな安堵を覚えながら帰途につきました。

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