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2015年5月18日月曜日

学会の動き(神奈川県内科医学会の動向)神内医ニュース74号

学会の動き(神奈川県内科医学会の動向)神内医ニュース74号 学術1部会部会長 岡 正直

 神奈川県内科医学会学術1部会が企画担当している講演会は、定時総会時学術講演会、臨床医学研修講座、新春学術講演会そして集談会の4つです。

【平成27年新春学術講演会報告】
 平成27年新春学術講演会が平成27年1月15日(木)19:30~21:15に、横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ「日輪」にて開催されました。今回は糖尿病対策委員会の松葉育郎委員長の企画により、「新規糖尿病治療薬への期待と課題」のテーマのもと、2つの講演が行われました。
 中佳一会長の挨拶に続いて、高井内科クリニック院長高井昌彦先生が座長をされた基調講演「神奈川県内科医学会糖尿病対策委員会におけるSGLT2阻害剤の有効性と安全性の検討」を朝日内科クリニック院長 飯塚 孝先生にご講演いただきました。ご講演の内容を簡単に紹介いたします。
 神奈川県内科医学会糖尿病対策委員会では、日常診療において2型糖尿病に対する新規糖尿病薬であるSGLT2阻害剤イプラグリフロジン投与の有効性と安全性を検討するため、臨床研究を開始した。
 イプラグリフロジン25あるいは50mgを用いて、20歳以上で12週以上治療しても糖尿コントロール不良(HbA1c6.0以上)者を対象とし、イプラグリフロジンを一日50ないしは100㎎を52週間投与し、坐位血圧、CBC、生化学、血中インスリンまたはCPR、尿一般、体組成測定(T-SCAN PLUS使用)、空腹時ケトン体測定などを行った。有効性は治療開始時より52週間のHbA1c変化量で評価するものとし、4,12,24,36,52週における血糖、HbA1c、脂質、体組織、体重、ウエスト径などをチェックする。安全性についてはケトン体の変化や、有害事象・副作用にも留意する。また食事行動問診票の記入、生活習慣アンケートも毎回おこなっていく。
 第1報としての1ヶ月めの中間報告では、HbA1c8.1から7.7、血糖195から164、BMI29から28.8、体重77.8から76.7kg、体水分38.4から37.6kg、細胞外水分15.4から15.1kg、ウエスト101から99cmと改善がみられた。また食事行動問診票で「たくさん食べた後悔」が減っていた。副作用については検討中である。4週間の時点ですでにHbA1c改善、食後高血糖改善がみられた。さらに症例を集め、食事行動の変化や生活習慣への影響についても検討したい。
 朝日内科クリニックにおいて、3か月間、26例について同様の検討を行ったので紹介する。対象の平均は52.5歳、身長162.4㎝、3か月後には体重83.3から78.7㎏、BMI31.4から30.2、ウエスト103.5から101㎝、血圧125.8/79.2から122.7/75、血糖242から167、HbA1c9.25から8.4、他にALT、γGTの改善もみられた。体脂肪・内臓脂肪は低下傾向あるが筋肉量は減っていなかった。HbA1cの高い(8.4以上)症例ほどHbA1cの低下量は大きく、HbA1c低下-0.7以上の著効例では投与前HbA1cが有意に高値であった。[終]
 そして松葉医院院長 松葉育郎先生が座長をされた特別講演「糖尿病治療の近未来~新しい治療薬への期待~」を草津総合病院理事長 柏木厚典先生にご講演いただきました。ご講演の内容を簡単に紹介いたします。
 イプラグリフロジンの開発と臨床試験に最初からかかわってきたので、現状と問題点を中心に話したい。
 人口の高齢化と肥満者の増加のため肥満2型糖尿病が増加している。糖尿病患者の40-50%は肥満であり、平均年齢65歳となっている。糖尿病管理は最近10年間で改善傾向みられるが、一方肥満者は年齢が若くコントロール不良で、高血圧、脂質異常症、血管合併症、がんや認知症を合併する傾向もみられ、BMIが25以上の人は年間医療費も高額となる。
 SGLT2阻害剤は近位尿細管での糖の再吸収をブロックすることにより血糖降下作用を発揮する。イプラグリフロジンの国内第3相試験において、著明なHbA1c低下、空腹時血糖低下、体重・腹囲減少、単独使用では低血糖おこさないこと、他の経口薬との併用でも同程度のHbA1c低下効果みられ、一日一回投与ですみ血糖コントロール不良者で大きな効果みられる。また肝機能改善、中性脂肪低下、HDLコレステロール増加、尿酸減少、インスリン抵抗性改善、アディポネクチン増加、レプチン減少もみられた。
 浸透圧利尿に伴う脱水によりHtは2%増加する。ケトン体上昇は投与初期にみられる。腎機能低下(eGFR60未満)者ではあまり効果が期待できない。eGFRは投与初期少し低下するが、長期的には変化見られない。ただし腎機能低下例においては腎障害に注意すること。
 副作用・留意点について述べる。尿路・性器感染(女性に多い。既往のある例では注意)、頻尿・多尿(高齢、利尿薬、下痢・嘔吐、シックデイに注意)、脱水(口渇を訴えないまま脱水になっていることあり。Ht上昇は2%までに抑えること)、低血糖(インスリン、SU剤、グリニド併用に多い)、皮疹(湿疹・紅斑・掻痒などは投与2週間以内の早期に出現しやすい)、またケトアシドーシスは肝障害者、インスリン欠乏状態、低糖質食で起こりやすい。
 適応例としては肥満者(CPI(空腹時CPR÷血糖値(mg/dl)×100)1.2以上)、インスリ抵抗性症例(HOMA-IR2.5以上)、インスリンがよく分泌されている者(CPR1.0ng/ml以上)、メタボリックシンドローム合併例、腎機能が良い者(eGFR45から60以上)、若年から壮年者、NAFLDあるいはNASH合併例、心血管イベントのない者、体重減少を期待する者などがよい適応である。
 最後にいくつかの症例提示を行い講演を締めくくった。[終]
 最後に宮川政昭副会長の挨拶のあと、別室にて情報交換会が行われ、盛会のうちに終了いたしました。
 新春学術講演会は2つの講演が互いに関係する分野の話となるよう企画され、テーマの内容について深く掘り下げた理解が得られるまたとない絶好のチャンスです。

【第78回集談会報告】
 第78回神奈川県内科医学会集談会が平成27年2月14日(土)に横須賀市医師会館(最寄り駅 京急横須賀中央駅)にて横須賀内科医会の担当にて開催されました。横須賀内科医会顧問南信明先生の司会により午後3時から横須賀内科医会副会長野村良彦先生の開会の辞に続き、中佳一会長、横須賀市医師会会長遠藤千洋先生、横須賀内科医会会長沼田裕一先生の挨拶のあと、一般演題16題がすべて口演により行われました。午後5時過ぎより特別講演「生活習慣病とがんの共通分子病態~健康長寿社会を目指して~」を熊本大学院生命科学研究部分子遺伝学分野 尾池雄一教授にご講演いただきました。講演内容の概略を以下に記します。
 高齢化社会となってがんが増えている。また依然として動脈硬化性病変による死亡も多い。
(1)ゲノム医学の進歩が大きく変えた病態成因の考え方
 ゲノムとしてのDNAが転写されトランスクリプトームとしてのRNAとなり、さらにフェノタイプ(表現型)としてのプロテオーム(蛋白)やメタボローム(代謝物)が生成される。近年、転写の過程でのエピゲノムによる制御が遺伝子発現に係わっていることがわかってきた。DNAについているヒストンのメチル化により遺伝情報の転写が抑制されることである。また蛋白質に翻訳されないmicroRNAも遺伝子発現の制御に関与している。このような後天的な表現型の形成には生活習慣の影響が大きく、また腸内細菌の作り出す蛋白が我々の健康に及ぼす作用も注目されている。肥満になりやすい体質も腸内細菌の状態で左右されうるし、ある種の病気の治療法としての便移植(FMT)の臨床応用も大きな可能性を持っている。
(2)生活習慣病とがんの共通分子病態
 日本人の平均寿命の延びは著しいが健康寿命との差は10年ある。百寿者を対象とした研究により慢性炎症と各種疾患との関連性が明らかとなってきた。アンジオポエチン様因子2(ANGPTL2)は内蔵脂肪細胞に多く発現しており脂肪細胞由来の血中循環蛋白である。これが過剰になると脂肪組織の炎症をおこしインスリン抵抗性になったり、血管内皮機能障害をおこすことがわかってきた。またANGPTL2による慢性炎症がDNA障害によるゲノムの不安定化をおこし発癌の原因となる。ANGPTL2の発現の多いがんは運動性高く転移しやすく、腫瘍血管新生も盛んである。現代は不規則な生活により社会的なリズムが失われる傾向がある。リズムを失うことでANGPTL2の過剰作用がひきおこされる。老化に伴いANGPTL2は上昇傾向みられるが、百寿者においては上昇がみられないことは興味深い。[終]
 髙木敦司副会長の閉会の辞のあと、午後7時過ぎより同会館ホワイエにて意見交換会が行われ、次期開催地区の小田原内科医会代理平塚市医師会内科部会会長佐藤和義先生より挨拶をいただき盛況の内に閉会いたしました。

【平成27年度定時総会時学術講演会報告】
 平成27年度定時総会は、平成26年5月16日(土)神奈川県総合医療会館7階講堂にて開催され、引き続き学術講演会が行われました。宮川政昭新会長の開会の挨拶のあと、順天堂大学名誉教授・特任教授であり日本医史学会前理事長でもある酒井シヅ先生をお招きし、中佳一前会長が座長を務め特別講演「現代からみた江戸の医学」をお話しいただきました。ご講演の内容を簡単に紹介します。
 「医療」と「医学」の違いは何かといえば、「医療」は病を治すための人類のあらゆる分野における知識や経験を集大成したものである一方、「医学」は科学的な研究に基づいた体系的な学問であるといえるのではないだろうか。現代の日本の医学は西洋医学の流れの中にあることは言うまでもない。
 西洋医学の始まりは紀元前の古代ギリシャ医学にあり、病気に伴う現象を注意深く観察し、理論をたて、そこから導き出された治療法を確立した素晴らしいものであった。紀元前3~2世紀アレクサンダー大王の東方遠征に伴い古代ギリシャ医学は大きな発展をする。いつの時代でも大きな戦争を契機として医学が進むのは皮肉なことである。古代ローマ帝国の時代にガレノスがあらわれ、古代ギリシャ医学を理論的に集大成したガレノス医学を確立した。これは理論的に整備されたものであったがゆえに、後世の学者は現象としての事実を見ず、ガレノス理論との整合性ばかり考えるようになったことは残念なことである。
 西暦395年古代ローマ帝国は分裂し、東ローマ帝国では古代ギリシャ医学の流れを汲むアラビア医学が、西ローマ帝国ではガレノス医学の流れを汲む僧院医学が、西ローマ帝国の崩壊後も主流となっていった。中世の修道院には付属病院が設けられ修道尼が看護にあたっていた。僧院医学においては新しい研究や積極的な治療が行われることはなく、看護・療養が主体であった。西暦1453年オスマン帝国により東ローマ帝国が滅亡し、逃れた人々により古代ギリシャ医学の流れを汲むアラビア医学がヨーロッパにもたらされた。ここにルネサンスが始まり、古代ギリシャ医学の再興をみることとなった。
 ルネサンス期にはヨーロッパ各地に大学が設立され、人体への本格的な探求が始まった。中世には行われることのなかった人体解剖も盛んに行われるようになり、万能の天才レオナルドダヴィンチによる精密な人体解剖図は驚くべきものである。そして西暦1543年にはヴェザリウスによる本格的解剖書「人体構造論」が著され、西暦1630年にはこの書が日本にも伝来し、それを目にした一部の日本人を驚嘆させるが、日本の西洋医学への開眼はまだ遠い先のことであった。一方ヨーロッパではパレによる外科治療の進歩もあり、17世紀には医学は神学の領域を離れ、科学的研究の対象となっていた。
 それまでのヨーロッパでは血液循環の概念はなかったが、ハーヴェーが科学的研究により西暦1628年「血液循環説」を発表し、ガレノスの考えを否定した。時を同じくして、江戸幕府が将軍家綱の治療のため西暦1674年にオランダより招いたテン・ライネが、日本にはすでに「気の循環」といったハーヴェーの唱えた循環説に通じる考え方があることを知って驚いていることは興味深い。17世紀の哲学者デカルトは「人間は精神と身体から構成されている」という心身二元論を唱え、人間に宿る精神が精巧な自動機械としての身体を操縦しているとの考え方を示した。これに影響を受けた医学者は精密機械としての人体のメカニズムの探求をさらに進めることとなった。レーウェンフックの発明した顕微鏡によりミクロの世界が開かれ、微生物の存在が明らかとなった。またマルピギーの顕微鏡を用いた研究により西暦1661年に肺の毛細血管が発見され、ハーヴェーの血液循環説はついに完成することとなった。
 18世紀には、モルガーニが様々な疾患で亡くなった多くの人の病理解剖を続け、生前の病状と解剖の所見を詳しく比較検討し、西暦1761年に「解剖によって明らかにされた病気の座と原因」を著し、近代病理学思想を確立した。19世紀になるとラエンネックが西暦1816年に聴診器を発明し、診断方法にも進歩が見られた。西暦1867年には日本で明治維新がおこり、西洋医学の急速な導入が行われることとなった。
 江戸時代と現代の医学のもっとも大きな違いは、細菌感染症に対する化学療法ではないだろうか。パスツールとコッホにより近代細菌学の基礎がつくられ、最先端の医学研究の分野として大いに発展した。北里柴三郎や野口英世らの業績も注目すべきものがある。20世紀になるとエールリッヒによる化学療法の開発や、彼の門下の秦佐八郎や志賀潔の活躍のあと、西暦1928年にフレミングによって世界初の抗生物質ペニシリンが発明され、第2次世界大戦中に多くの人が感染症から救われることとなった。
 江戸時代の医学の特色ともいえる「養生の医学」については、残念ながら時間が足りずお話することができなかった。[終]
 講演終了後、羽鳥裕前副会長の閉会の挨拶のあと、総合医療会館1階にて演者を交えて情報交換会が持たれ、盛況のうちに終了いたしました。

【第40回臨床医学研修講座予告】
 第40回臨床医学研修講座は、平成27年●月●日(土)●時より●にて第4地区●内科医会の協力、東海大学医学部の主管にて開催される予定です。多くの先生方のご参加をお願い申し上げます。

【おわりに】
  学術Ⅰ部会は平成22年度まで部会長をされた伊藤正吾先生の後を引き継ぎ、平成23年度より新たな体制で活動を続けてきましたが、平成26年度の終わりとともに伊藤先生も部会を去られることとなり大変残念です。本当にありがとうございました。平成27年度からは神奈川県内科医学会は宮川政昭新会長の下に新体制となり、今までの学術Ⅰ部会は「総務」と緊密に一体化した「企画」に吸収・移行されることになりました。体制が変わっても今までの長い歴史のある講演会に新たな変更や発展を加えながら、4つの基本講演会を開催していきたいと思います。今後とも、神奈川県内科医学会本体事業の講演会開催にご協力とご参加をお願い申し上げます。

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