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2013年2月19日火曜日

平成24年度学術1部会事業報告 学術1部会部会長 岡 正直


平成24年度学術1部会事業報告 学術1部会部会長 岡 正直

 神奈川県内科医学会学術1部会が企画担当している講演会は、定時総会時学術講演会、臨床医学研修講座、秋季学術大会、新年学術大会そして集談会の5つです。

【平成24年度定時総会時学術講演会報告】
 平成24年度定時総会が、平成24年5月19日(土)午後に神奈川県総合医療会館にて開催され、引き続き16時30分より定時総会時学術講演会が行われました。
 従来、定時総会では各事業委員会の活動報告や2月の集談会での優秀演題2題の発表を行い、その後の学術講演会では最新の医療に関する特別講演を拝聴していました。その内容が極めて充実しているために、長時間の拘束時間が参加者の負担であったことも事実です。そこで今回の定時総会時学術講演会からは、2つの大きな変更が行われました。
 第1点は、今期より学術Ⅱの部会の事業委員会から「禁煙分煙推進委員会」と「ジェネリック問題対策委員会」を分離し、新設の「在宅医療委員会」とともに社会公益部会の事業委員会として、社会公益部会の活動報告を秋季学術大会に移動し、また集談会の優秀演題の発表も秋季学術大会に移動することにより、全体の時間の短縮を図りました。
 第2点は、総会および総会時講演会の企画運営に共催メーカーの関与をなくし、神奈川県内科医学会単独による開催としたことです。これによって、共催メーカーの利害に配慮することなく、会員の本当に聞きたい講演テーマを自由に設定できるようになりました。今回のテーマは「医事紛争に立ち向かう」です。
 学術Ⅱ部会の各事業委員会(糖尿病、肝炎、認知症、高血圧腎疾患、呼吸器疾患)の委員長および副委員長による活動報告(16:45-17:45)のあと、「医事紛争に立ち向かう」ための基調講演「医事紛争の現状と防止策」(18:00-18:40)が、神奈川県内科医学会副会長の高木敦司先生の座長、平沼髙明法律事務所の平沼髙明先生の講演により行われました。以下に講演の簡単な内容を記します。
 医事紛争は1960年代のアメリカにおける「消費者の権利」宣言以降続発し、その波が日本に襲来したもので、年々増加していたが、2005年をピークとして減少に転じた。
 医事紛争増加の背景は、「消費者主権主義」と「患者の自己決定権」という2つの流れによる。とくに重要な点は、医師患者間の信頼関係(人間関係)の崩壊、他の医師による不適切な批判、権利意識の拡大、損害賠償責任保険制度の発達などである。
 医事紛争防止対策としては、質の高い医療、診療記録の充実、患者の訴えをよく聴く、などである。
 平成11年に起こった横浜市大病院と都立広尾病院での重大事故を契機として、医療事故と刑事責任の問題が多発した。現行法下では刑事司法の「謙抑的行使」が望まれる。異状死の届出は警察署でなく厚労省のような行政庁にすべきである。刑法を改正して、医療事故に関しては故意に近い「重大な過失」に限り適応すべきである。
 基調講演のあとシンポジウム(18:40-19:20)が行われ、大病院の立場と開業医の立場からの二つのご講演をいただきました。
 まず東海大学医学部外科学系消化器外科教授/東海大学医学部付属病院医療監査部長の安田聖栄先生より「医療事故と医事紛争:大学病院での対策の現状」のご講演をいただきました。以下に講演の簡単な内容を記します。
 医療安全対策はこの10数年で大きく進歩した。1999年の横浜市立大学病院での手術患者取り違えや同年に発行の米国医学研究所の報告書以降、医療事故の頻度が高いことは共通認識となった。全国の病院ではインシデント/アクシデントレポート提出制度等により、個々の事例から医療事故防止策を検討することは一般的となった。当院では年間約5000件ものレポートが提出されている。中には一つ間違えば重大医療事故に発展しかねない事例もあり、院内医療安全活動の継続・発展は必須である。
診療の各現場は多忙である。診療の高度・複雑化、在院日数の短縮、制限されたスタッフ数、それと未完成の医療安全体制のもと、数多くの診療をこなすという状況下での有害事象発生時は、たとえ過誤が明らかでない場合でも、共感的態度でコミュニケーションを維持することを、各現場に定着させることが課題の一つである。
 当院では医療安全・医事紛争対応の専門部署として「医療監査部」がある。重大医療事故発生時は、院内「事例調査会」で当事者以外の第三者を含め、事実関係の詳細な調査を実施している。その結果「過誤あり」の場合は謝罪し、患者側の理解が得られるよう努めている。しかし「過誤なし」の場合でも、理解が得られない場合は、訴訟に発展する事例も生じる。
 以前は「医療安全」が学生教育で取り上げられなかったが最近は卒前教育の医学教育モデル・コア・カリキュラムで基本項目となっている。学生教育の内容を充実させることも新しい課題である。
 現行の医療安全対策では、医師は単なる医療の提供者になる危惧がある。医師は長い期間の修練によって培われた威厳があり、「医は仁術」の精神は保ちたい。今後は医療の当事者として積極的に社会に働きかけることが必要である。
 次に神奈川県内科医学会幹事/神奈川県医師会医事紛争特別委員会委員の正山堯先生より「開業医における医療事故の予防と事故発生時の対処法」のご講演をいただきました。以下に講演の簡単な内容を記します。
 個人医のもとでの医事紛争の件数は、病院における件数とほぼ同等であり、病院にある「医療事故調査委員会」や「チーム情報委員会」のような組織的対応ができず個人で対応しなければならない点は不利である。個人医の場合にも事故対策としての「医療安全管理体制」の早急な整備が望まれる。
 医療事故のうち医療者のミスによるものを医療過誤といい、さらに患者側との争いに発展したものを医事紛争と呼ぶ。患者の感情を害することによって医事紛争になることが多い。もはや医師中心の医療の時代は終わり、インフォームドコンセントにもとづく患者との共同作業が期待されている。また自分の手に負えないと思う患者は速やかに病院に紹介し、病診連携の上で治療を進めることである。特に大事なことは、患者の前で他の医師のことを決して批判してはならないこと、患者との対応に当たっては冷静を保ち、感情的にならないことである。
 事故発生時には3つの点に留意すること。過ちが明らかであれば責任謝罪を、そうでないときは共感謝罪を行うこと。患者の言い分をしっかり傾聴すること。また患者に分かりやすい説明に努めることである。不幸にして医師と患者間だけで解決がつかず、代理人を立てた紛争に発展しそうな場合は、神奈川県医師会事務局医療安全対策課を通じて神奈川県医師会医事紛争特別委員会に相談するのが最もよいと思う。
 2つの講演のあと合同討論(19:20-20:00)がコーディネータの高木敦司先生と演者の3先生を交えて活発に行われました。
 日々の診療行為のなかで決しておろそかにできない重要なポイントが数多く示され、恐ろしくもありますが、きわめて有用な講演会であったと思います。

【第37回臨床医学研修講座報告】
  第37回臨床医学研修講座が2012年10月20日(土)14:10-18:10に横浜市立大学医学部市民総合医療センター(横浜市営地下鉄坂東橋駅最寄)本館6階会議室にて横浜市立大学と横浜内科学会の主管で開催されました。講演に先立って13:30より高度救命センターと心臓血管センターの院内見学が数名の希望者に対して行われました。横浜内科学会会長でもある宮川政昭副会長による開会の辞、中佳一会長による開会の挨拶のあと、2部に分かれた講演会が横浜市立大学医学部市民総合医療センター総合診療科の長谷川修先生の総合司会の下に開始されました。「市民医療向上への取り組み」のテーマに沿って行われた6つの講演について簡単に内容を紹介します。
 講演1「横浜市、神奈川県における広域の視点からみた小児医療の展開」横浜市立大学 医学部長 横田俊平先生(座長 横浜内科学会幹事 松浦秀光先生)
 約10年前、横浜の小児医療は崩壊の淵にあり、小児科医は疲弊していた。そこで横浜地域全体で小児医療を推進することとし、7つの小児拠点病院体制と15名の小児科医で救急医療をまかない、周産期医療を受け入れるまでに成長した。小児医療の集約化とネットワーク化は、2009年の新型インフルエンザ流行時にも威力を発揮し、災害医療においても効果的であることがわかった。社会の超高齢化が進む現在、小児科だけでなく、高齢者の介護・医療についても地域医療と拠点病院の連携を進め、推進役となる総合診療医の研修制度を整えることが課題である。
 講演2「胸痛の心電図診断 コツと落とし穴」横浜市立大学付属市民総合医療センター心臓血管センター 小菅雅美先生(座長 横浜内科学会幹事 悦田浩邦先生)
 ST上昇型急性心筋梗塞は発症早期に心事故を起こしうるため、早期に診断し、治療開始が必要である。再灌流療法のよい適応である急性期には心筋障害の生化学的マーカーが上昇していないことも多く、採血結果を待たず、症状と心電図所見から診断することが重要である。初回心電図で明らかでない場合でも、以前の心電図と見比べたり、時間が少し経ってから心電図を取り直して比較したりすることは有効である。具体的な症例とともに、心電図の読み方のコツと陥りやすい落とし穴について言及した。
 講演3「糖尿病の基礎知識と診療の実際」横浜市立大学内分泌・糖尿病内科 寺内康夫先生(座長 横浜内科学会幹事 織田美雪先生)
 近年わが国で2型糖尿病が急増しているのは、遺伝的にインスリン分泌能が低い日本人が高脂肪食や身体活動低下により、軽度の肥満であっても耐糖能異常をきたしやすいからであり、内臓肥満や脂肪肝にもなりやすいことがわかってきた。その病態としてインスリン抵抗性とインスリン分泌低下の両者が重要である。抵抗性は発症前から徐々に増悪し、発症後は横ばいであるのに対し、分泌低下は境界型の段階から進行し、発症後も経時的に低下するという病態に応じた経口血糖降下薬治療を行うことである。また糖尿病合併症として、様々な癌の発生が増加することも分かってきている。
 講演4「肺の生活習慣病、COPDの早期診断に向けて」横浜市立大学付属市民総合医療センター呼吸器病センター 金子猛先生(座長 横浜内科学会幹事 岩間博士先生)
 COPDはタバコの長期吸入による肺の炎症性疾患つまり肺の生活習慣病である。日本でも40歳以上の8.6%(約530万人)が罹患している可能性があるが、診断されているのは約1割に過ぎない。発症していても病識が乏しく、かなり進行しないと医療機関を受診しない。高血圧や脂質異常症や糖尿病などで通院中の患者の中にも未診断のCOPDが潜んでいるかもしれない。またCOPDは肺に限局した疾患でなく、炎症の波及により体重・筋力低下、心血管疾患、骨粗しょう症、抑うつなどもおこす全身性疾患であるため「40歳以上喫煙歴20年以上」を目安に呼吸機能検査を広く実施し、早く診断し禁煙・薬物治療を行うことが重要である。
 講演5「クリニックにおける急変対応と救急蘇生」横浜市立大学付属市民総合医療センター高度救命救急センター 中村京太先生(座長 横浜内科学会幹事 松丸克彦先生)
 クリニックでの急変は多くはないが、発生すると時に致死的であり、組織的リスク管理が必要である。起こりうる事故を「予測」し、緊急時対応を人(スタッフィング、指揮体制)物(防護と処置の資材)場所(処置スペース)通信(院内スタッフ、119、病院)処置(手順)につき予め策定しておく。さまざまな背景の市民があらゆる傷病者に対応できる1次救命処置(BLS)でアプローチをする。無反応無呼吸の傷病者には、まず胸骨圧迫から心肺蘇生(CPR)を開始し、2次救命処置(ALS)においても質の高い胸骨圧迫が重要である。また除細動の遅れも生存率が低下するので、早期にAEDを行い、AEDとCPRを並行すること。横浜市消防局のデータにより、クリニックからの転院搬送の現状と課題についても言及した。
 講演6「増える、腸の現代病!炎症性腸疾患の基礎知識から最新治療まで」横浜市立大学付属市民総合医療センターIBDセンター 国崎玲子先生(座長 横浜内科学会幹事 笹沼俊文先生)
 潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患が近年若年者を中心に世界的に急増している。神奈川県はとくに患者数が多く、2007年に内科・外科が協力して専門診療に当たる炎症性腸疾患(IBD)センターが設立された。原因不明だが発症には何らかの免疫異常が関与するものと推測される。下痢、腹痛、血便などの症状を繰り返し生涯にわたり治療を要する。皮膚や関節症状など腸管外症状で複数科を受診することもある。治療は抗炎症剤、免疫調整薬、食事療法、血球成分除去療法、内視鏡的治療から手術まであり、患者の病状などに合わせ、適切に判断し組み合わせて行う必要がある。
 82名の参加者が熱心に聴講し、活発な質疑応答がなされました。会の終わりに横浜市立大学医学部市民総合医療センター地域連携担当の山岡富美香係長の挨拶、宮川政昭副会長の閉会の辞をいただきました。講演終了後、病院向かいの浦舟複合施設12階アーク横浜にて意見交換会を行い、盛会のうちに終了しました。

【平成24年度秋季学術大会報告】
  平成24年度神奈川県内科医学会秋季学術大会が、平成24年11月17日(土)14時30分より川崎日航ホテル8階にて、第2地区川崎内科医会の主管(大会長 鶴谷孝先生)で開催されました。
  神奈川県内科医学会社会公益部会事業委員会より、「神奈川禁煙分煙推進委員会」長谷 章委員長、「ジェネリック問題対策委員会」北田 守委員長、「在宅医療委員会」久保田 毅委員長の活動報告のあと、第75回集談会優秀演題の表彰と講演が行われました。今回は、林医院の林正博先生「脂質異常症におけるイコサペント酸/アラキドン酸(EPA/AA)の検討-頚動脈エコーへの影響-」と、内科クリニックこばやしの小林一雄先生「SU薬高用量でコントロール不良な糖尿病患者における、DPPⅣ阻害薬併用前後のグルカゴン・インスリン値についての検討」が選出されました。簡単に講演内容をご紹介します。
 「脂質異常症におけるイコサペント酸/アラキドン酸(EPA/AA)の検討-頚動脈エコーへの影響-」
 血管内プラークは一度発生するとスタチンを投与しても容易に退縮せず、むしろ年々増加することが多いとされる。今回EPA1800mg1年間の内服による血管内膜肥厚の変化について検討した。MaxIMTとTotal plaque scoreとも軽度改善例が11例中4例と、ともに悪化例2例より多かったのはEPAの動脈硬化進展抑制を示していると思われる。悪化例ではスタチン投与のためLDLはむしろ低く、動脈硬化高度、腎機能低下の傾向を認めた。
 「SU薬高用量でコントロール不良な糖尿病患者における、DPPⅣ阻害薬併用前後のグルカゴン・インスリン値についての検討」
 SU薬にDPP4阻害薬を併用した場合の過度な血糖降下の原因は明らかでない。今回高用量SU薬(グリメピリド3mg以上)内服症例にて、DPP4阻害薬(ビルダグリプチン)併用前後でのグルカゴン、インスリン、血糖値、SU薬併用量につき比較検討した。カロリーメイト400kcal負荷後のデータをとり、その後SU薬減量とDPP4阻害薬併用して同様の負荷と測定を行った。DPP4阻害薬併用により血糖値低下、インスリン増加、グルカゴン低下傾向と、SU薬投与量減少を認めた。一部の症例でDPP4阻害薬投与にて、食後抑制されなかったグルカゴンが抑制される現象が確認された。
  最後に記念講演として「認知症疾患への対応について、診療および病診連携の立場から」を東海大学医学部付属大磯病院病院長 吉井文均先生にご講演いただきました。ご講演の内容を簡単に紹介します。
 近年急速に認知症が増加している。わが国の65歳以上の人口3000万人に対して認知症患者が300万人を超えたので、65歳以上の高齢者の10人にひとりが認知症という状況である。しかしこの病気のことが一般に十分理解されているとはいえない現実がある。
 厚労省のオレンジプランのなかで4つのポイントが強調されている。(1)早期診断早期対応が重要、(2)この病気に対する良い薬がまだ少ないので、病診連携を進めることが重要、(3)地域の中で医療的介護的サービスを構築することが重要、(4)若年性認知症への対応も重要である。
 東海大学認知症医療センターでは、以前から行っていたこの病気自体の研究に加えて、早期診断早期治療方法の研究や専門医との連携、医療と福祉の連携についても手がけるようになった。認知症の治療連携のためのケアパスをつくるため、今年4月に医師、看護師、薬剤師、行政などが参画し神奈川県認知症対策推進協議会ができた。そこでの議論の中から様々な人が書き込めるスタイルのノート形式のケアパスを開発した。今後多くの場所で活用していきたいと考えている。また地域で認知症患者を支える初期集中支援チームを5年かけてつくっていく予定である。
 若年性認知症患者数は増加しており、45歳を超えてから急速に増え10万人あたり100人いると考えられるが、見逃されていることが多いと思われる。若年性認知症の方が進行が早く重症者も多い。子供がまだ小さかったり、住宅ローンなどを支払い中であったりと重大な社会的な問題を引き起こすが、その支援のシステムはまだ整備されていない。これについては協議会でもとりあげ、まず疫学的調査から始めていくことになった。
 認知症の中ではアルツハイマー病が多く、血管性認知症やパーキンソン病に類似するレビー小体型認知症もある。アルツハイマー病の初期では、妄想、記憶の低下、意欲の低下が特徴的である。病理学的には、アミロイド老人斑と神経原線維変化が特徴である。これらの異常な蛋白の蓄積は認知症の症状が出はじめる20-30年前から起こっていることがわかってきた。したがって早期診断が重要であるが、初期のうちは記憶の障害(ものわすれ)のみなので、軽度認知障害(MCI)と診断される。MCIからアルツハイマー病への移行は年間30%に達するとみられ、この段階から治療を開始することが望ましい。認知症の診断のツールとして改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)があるが、MCIの診断のためにはHDS-Rにあるような3つの言葉の想起では不十分であり、7語の想起で評価する必要がある。MCIの場合、ヒントを与えてから想起を繰り返しても想起できる言葉の数が増えないのが特徴である。また頭頂葉の障害では立体認識が悪くなるので、自分の手で狐の形をつくり前後に並べることができないことがある。
 最近ではアミロイドなどの異常な蛋白の脳内への蓄積を画像として見つける技術も開発され、バイオマーカーの研究も進み日常診療の中で認知症の早期診断への方向性もみえてきた。
 認知症の中核症状を進行させない治療とともに、周辺症状(BPSD)を出さないための治療も大事である。脳内アセチルコリンの低下を防ぐ、あるいは働きをよくするアセチルコリンエステラーゼ阻害薬としてドネペジル、ガランタミン、リバスチクミンが初期から使用される。一方、初期の適応はないが症状が進んだ段階で使うNMDA受容体拮抗薬メマンチンは、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬と併用することが多く、併用によってよい効果が期待できる。NMDA受容体は神経毒性に関係する受容体であり、NMDA受容体拮抗薬は神経細胞の変性を抑制する働きがあるので、もっと初期から使ってもよいかもしれない。メマンチンはBPSDとしての行動障害や攻撃性を抑えるため、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬の最大用量に達する前から併用するのもよいが、用量設定は症例ごとに考える必要がある。高齢者ではめまいふらつきが出やすいので注意すること。将来アミロイドβそのものを取り除く薬も開発され、先制医療の方向に変化してきていると言える。
 非薬物療法としては運動療法や家族との関係性が重要である。糖尿病、高血圧、脂質異常症は認知症を発症増悪させるため、きちんと治療しなければならない。禁煙も大事である。適量のアルコールと運動療法は認知症治療に有用である。運動の神経細胞に対する効果もわかってきた。日光にあたることで産生されるメラトニンにより生活のリズムが整うことが脳の活性化に役立つため、運動は外に出て太陽にあたりながら行うことである。音楽療法においても集団で行い、体を積極的に動かすことが重要である。
 認知症は周りの人のケアの仕方でよくもなるし悪くもなる。ビデオ供覧により、NHKの放送で取り上げられた若年性認知症患者クリスティーン・ブライデンさんの例を示し、彼女がADLを維持できているのは、周囲の人々の患者への理解ある接し方によるところが大きいことを強調したい。認知症の治療を考える上で、患者自身への治療だけでなく患者の家族に対しての治療も必要ではないか。認知症患者が「何ができないか」より「まだ何ができるか」に目を向けて、残っている機能を生かし社会に還元するようにしていくことが重要である。

【平成25年新年学術大会報告】
  平成25新年学術大会が平成25年1月17日木曜日18時45分より横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ5階日輪にて開催されました。今回は肝炎対策委員会の宮本京委員長の企画により、「B型肝炎の今を知る」のテーマのもと2つの講演が行われました。中佳一会長の開会挨拶に引き続き特別講演1「我が国のB型肝炎:最近の動向と特徴」を慶応義塾大学医学部兼担教授 齋藤英胤先生にお話いただきました。ご講演の内容を簡単に紹介します。
 B肝炎ウイルスは肝炎ウイルスのなかで唯一のDNA(不完全2重鎖DNA)ウイルスでありC型肝炎ウイルスとともに慢性肝炎を引き起こす原因となる。遺伝子型によりAからHまで亜型がある。血中ではHBc抗原はHBs抗原に囲まれて存在する。ウイルスが盛んに増殖するときには、HBe抗原が肝細胞から分泌される。HBV-DNAを伴わない感染性のないHBs抗原が多く血清中にある場合もある。
 B型急性肝炎は現在では多くの場合性行為により感染する。潜伏期間は半月から6ヶ月で、不顕性感染も70%ある。成人の初感染はほとんどの場合急性肝炎で終息する(HBs抗体ができて治る)が、海外より侵入した遺伝子型Aは慢性化が起こりやすい。もともと日本は遺伝子型Cが多かったが関東・東海・近畿圏では遺伝子型Aが約半分を占めるに至っている。急性肝炎を発症すると最初にIgM-HBc抗体ができ、引き続きIgG-HBc抗体が出現する。最後に半年から1年でHBs抗体ができて臨床的治癒となる。性感染によるB型劇症肝炎を肝移植により救命しえた症例を提示した。劇症肝炎やLOHF(Late Onset Hepatic Failure)の原因としてB型肝炎ウイルスによるものが多い。
 B型慢性肝炎は、日本においては母子感染あるいは幼児期における水平感染が主な感染経路であった。特に昭和23年から63年の間に行われた予防接種による集団感染に対して国が補償することになったことは記憶に新しい。アジアはB型肝炎が蔓延している。世界の人口の3分の1がB型肝炎ウイルスに感染した形跡があり、その4分の3がアジアにいるとも言われている。日本ではHBキャリアーは150万人いると推定され、1986年より母子感染防止事業が始まった。キャリアから生まれる赤ちゃんに免疫グロブリンとワクチン接種を行いキャリア率を低下させることに成功している。特に20歳以下ではキャリア率は非常に低くなっている。
 このような垂直・水平感染後9割は持続感染状態に移行し、HBe抗原陽性キャリアとなり次第にHBe抗体陽性のキャリアに移行する(seroconversion)。これらの過程で一部の人に癌が発生するが、この肝炎期の間にHBV-DNA、HBs抗原が減少し、40から50年経ってHBs抗体が出現してくる。血中からウイルスが消失しても、肝細胞の中にはcccDNA(covalently-closed circular DNA)の形でウイルスのDNAが残存しており、宿主のDNAに組み込まれることも起る。HBs抗原陰性・HBc抗体陽性の人からB型肝炎が発症することがあるのはこのためである。
 B型慢性肝炎の治療は、1972年のステロイド離脱療法に始まり、1987年にインターフェロン療法、2000年から核酸アナログ製剤のラミブジンが使用されるようになり進歩を遂げた。ラミブジンは耐性を生じやすいため、現在ではエンテカビルやテノホビルを使用するべきである。ラミブジン耐性時に併用するアデフォビルは腎障害が出やすいので、腎障害時には一日おきに投与するとよい。エンテカビルは空腹時に服用すること。核酸アナログは投与中止すると肝炎の再燃が起るため投与中止の時期が難しい。また耐性ウイルスの出現による劇症肝炎にも注意が必要である。一方インターフェロンは投与中止後も効果が持続し、投与中止が容易で耐性ウイルスがないという利点がある。新たなマーカーであるコア関連抗原量やHBs抗原量はcccDNA量を反映するので、これらの値が低ければ、核酸アナログ中止後の再燃が少ない。また核酸アナログによりウイルスを完全に押さえ込んでから、インターフェロンを半年から1年間投与するSequential治療も試みられている。
 リンパ腫の治療の際などに用いる免疫抑制剤によるB型肝炎の再活性化についても言及した。HBs抗原陰性でもHBc抗体陽性の場合は十分な注意が必要である。またHIVとの重複感染は肝臓の線維化がはやく死亡率も高い。HIV感染を見落として核酸アナログを使用すると、HIVが治療薬に耐性化しHIVの治療が困難になることがあるため注意すること。
 続いて特別講演2「B型肝炎ウイルス(HBV):炎症と発癌」を東海大学内科学系消化器内科学教授 峯徹哉先生にお話いただきました。ご講演の内容を簡単に紹介します。
 B型肝炎の母子感染(垂直感染)は減少してきたが、父子感染が注目されている。体液を介して3歳までに感染するとHBVキャリアとなる。世界人口60億人のうち20億人はHBV既感染であるといわれる。我が国でもHBV感染者は120-140万人いるが、そのうち受診者は6万2千人にすぎない。C型肝炎と異なり、肝硬変以前の段階から発癌がありうることを強調したい。HBV無症候性キャリア1万人に2人の割合で発癌すると考えられている。毎年5000から6000人がB型肝炎由来の肝癌で死亡している。seroconversionは決して治療のゴールではなく、そのあとでも再活性化や発癌のリスクは続くのである。一度HBVに感染すると、肝細胞の中にcccDNAの形でウイルス遺伝子が残存するためである。現在このcccDNAを破壊する治療を開発中である。
 成人になってからHBVに感染しても慢性化しないと言われていたが、海外から侵入したHBV遺伝子型Aの増加に伴い、従来の遺伝子型BとCと異なり遺伝子型Aの感染者の10%は慢性化すると考えられるようになった。インターフェロンは遺伝子型AとBでは44-47%効くが、遺伝子型Cではあまり効かない。また遺伝子型Cは肝硬変や癌になりやすいという違いがある。
 HBVにいったん感染するとHBc抗体はずっと陽性である。免疫抑制療法を行う際には、HBs抗原とHBc抗体をはかることである。seroconversion後にも33%の症例でALTの再上昇がみられる。
HBs抗原が陰性になった場合でもcccDNAが残存しているためである。またHBs抗原の測定の感度が良くなり、いままで陰性とされていたものが実は陽性だったということもある。感染の既往という意味でのHBc抗体の意義は重要である。IgM-HBc抗体陽性は最近のHBV感染を示す。HBc抗体陰性でHBs抗体陽性はワクチン接種によって獲得された免疫である。HBe抗原陰性のB型肝炎は突然変異ウイルスによるものである(プレコア変異慢性B型肝炎)。この場合はHBV-DNAを測定すること。
 HBs抗原陰性、HBc抗体陽性の患者に免疫抑制療法を行う際に発症するde novoB型肝炎は、劇症化し死に至ることもある。免疫抑制開始後3ヶ月間に肝機能が少しずつ上昇し、突然劇症化するので、最初のうちの肝機能の変化を見逃さないことである。
 B型慢性肝炎の治療に近年よく用いられる核酸アナログは、耐性化を起こしにくいことから、エンテカビルがよく使われる。ラミブジン耐性の際併用されるアデフォビルは腎障害に注意すること。ラミブジンは3年間で5割ウイルスが耐性化する。HBVは増殖の際に逆転写酵素が関与するので変異がおこりやすく耐性化によりbreakthrough hepatitisをおこす恐れがある。
 HBV-DNAを低く保てば発癌リスクを低く抑えることが出来るが、核酸アナログでは完全に発癌を抑制できないこともわかってきた。HBs抗原量とHBV-DNA量とは独立した発癌ファクターである。同じHBV-DNA量であってもHBs抗原量が高いと発癌が多い。発癌リスクはHBV-DNAが4Log未満ならHBs抗原量で差があり、4Log以上ならHBs抗原量で差がない。発癌リスクを評価するためには、HBs抗原量とHBV-DNA量の両方をチェックすることが必要である。またAFPが10を超えていると発癌が多い傾向がある。
 今後医療訴訟に巻き込まれないためにも、最新の知見を踏まえて日々のB型肝炎診療にあたることが必要である。
 最後に梶原光令副会長から閉会の挨拶をいただき、その後情報交換会が持たれました。
 新年学術大会は2つの講演が互いに関係する分野の話となるよう企画され、テーマの内容について深く掘り下げた理解が得られるまたとない絶好のチャンスです。

【第76回集談会報告】
 第76回集談会が平成25年2月9日土曜日15時20分より横浜崎陽軒本店(横浜駅東口)6階会議場にて横浜内科学会主管にて開催されました。横浜内科学会副会長伊藤正吾先生と中佳一会長の開会挨拶に引き続き15時30分より一般演題47題の発表が開始されました。発表形式はすべてポスター形式とし、各演題発表はAからFの各グループの座長のもと同時進行いたしました。
 17時10分より同じ横浜崎陽軒本店4階ダイナスティーにて中佳一会長の挨拶のあと特別講演「骨折リスク因子を考慮した骨粗鬆症治療」を虎ノ門病院内分泌代謝科部長竹内靖博先生にお話いただきました。ご講演の内容を簡単に紹介します。
 骨粗鬆症による骨折は高齢者のADLやQOLを損なう原因であり社会経済的にも深刻な問題となっている。現在の骨粗鬆症の薬物治療の目的は骨折の予防である。まず骨折しやすい患者を見つけ出すことが重要で、骨折リスクの高い患者像を知ることが必要である。糖尿病や高血圧の診療と同様に潜在するリスクとその裏付けとなる病態に基づき治療することが大切である。そのためには1.骨粗鬆症の確実な診断、2.骨折リスク因子の理解、3.適切な治療をすること。
 骨粗鬆症の定義は「骨強度が低下し骨折しやすくなった全身的な骨疾患」だが、骨強度は臨床的には測定不能のため代替指標として骨密度測定値により診断する。しかしすでに「骨折している」患者は骨密度が正常未満なら骨粗鬆症と診断する。特に椎体圧迫骨折と大腿骨近位部骨折は骨粗鬆症との関連が強い。よって単純X線像で椎体に変形(骨折)をみれば積極的に骨粗鬆症と診断する。
 骨折リスク因子とは、骨密度が同じでも骨折しやすくなる背景因子であり、FRAX(fructure risk assessment tool)に含まれる過度の飲酒、喫煙、家族歴、ステロイド薬内服などである。それ以外に薬剤(PPI,SSRI等)内分泌疾患(甲状腺機能更新症等)生活習慣病(2型糖尿病等)もある。これら単独では相対リスクを1.5-2倍程度上昇させるが、因子の数が増えるとリスクも上昇する。統計学的には喫煙するSSRI内服中の2型糖尿病患者では3.5-8倍のリスクとなる。
 今日では骨折抑制効果ある骨粗鬆症治療薬が多くあり、そのファーストラインは経口ビスホスホネートで、SERMやテリパラチドや活性型VD3誘導体という選択肢もある。骨折抑制効果のエビデンスによる推奨度は「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2011」にある。科学的に実証された骨折抑制効果のある薬剤選択と治療の確実な継続が重要である。臨床試験の成績より、少なくとも2年間の治療継続が必要で、治療に対するアドヒアランスが80%以上あることが望ましい。
 梶原光令副会長の閉会の挨拶のあと、18時30分より同じ横浜崎陽軒本店5階マンダリンにて意見交換会が行われました。次期開催地区である川崎市内科医会副会長 鶴谷孝先生よりご挨拶も戴きました。

【おわりに】
  学術1部会は平成22年度まで部会長をされた伊藤正吾先生の後を引き継ぎ、平成23年度より新たな体制で活動を開始いたしました。平成24年度も中佳一会長のご指導のもと、今までの長い歴史のある講演会に新たな変更や発展を加えながら、5つの基本講演会を開催することができたと思います。今後とも、神奈川県内科医学会本体事業である学術1部会の講演会開催にご協力とご参加をお願い申し上げます。

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