第1回 医療事故が起きてしまったらどうする?
2012/04/27
執筆 水島幸子
社団法人大阪府看護協会および社団法人兵庫県看護協会顧問弁護士。
高度で複雑な医療の現場では、少しの出来事が事故につながり訴訟にまで至る可能性を持っています。この連載では、もしもあなたの病棟で医療事故が起きてしまったときに、看護師として最低限知っておきたいこと、やらなければならないことをQ&Aで解説します。
Q 医療事故が起きてしまったら… 看護師はどうすればいいの?
A 現場保全、そしてすみやかに医師から警察に連絡してもらいます。
まず、必要なことは現場保全
医師法21条では、異状死(※)に遭遇したときには、医師に対し、24時間以内に警察へ届け出ることを義務付けています。
院内での対応として必要なことは第一に現場保全です。ご遺体はもちろんそのまま。もし、ご遺体を家に帰してしまった場合、警察から「隠したのか」と疑われる可能性があります。また、手術室だったら手術器具や摘出した臓器なども、全部そのまま置いておきます。後で警察が証拠として持って行く可能性がありますから。
並行して、ご家族・ご遺族への対応も重要です。早い段階でわかっていることの概要だけで もご家族・ご遺族へ伝え、「法律上の義務なので警察に届け出ますが、警察に届け出ると、警察から事情を聞かれることがあると思いますので、その際にはご協 力の程、よろしくお願いします」とあらかじめ説明しておきます。
なお、大切なことは、ご家族・ご遺族への対応の際に、個人の判断で話をしないということで す。事実関係をすべて洗い出し、書面にまとめて、誰でも同じ答えができるところまで共通認識に整理した段階で、ご家族・ご遺族へは説明をすべきです。それ までは「事実関係を調査中です」という説明にとどめます。
※
異状死の判断:異状死かどうかの判断は難しいですが、各病院で作成しているマニュアルにのっとって判断 することになります。マニュアルにのっとって検討しても異状死かどうか院内で判断がつかないような場合には、とりあえず相談という形で警察に出向くという ことでもいいでしょう。
POINT1 異常死については24時間以内に届け出る義務がある
POINT2 まず、現場保全を行う
POINT3 ご家族・ご遺族への対応、ほかの病棟患者さんへの対応を行う
※次ページでは、医療事故が起こった直後にどのようなことを行っておくとよいかを解説します。
なるべく早期に各人の動きを時系列でまとめる
師長などの病棟管理者は、関係者に対し、できるかぎりの事実確認を行いましょう。医療事故では複数の人がかかわっていますから、誰が何月何日何時何分に訪室して誰が何をチェックしたとか、誰がシーツを換えたとか、そのような事実関係を集めて全体像を明確にしなければなりません。
人間の記憶は時間とともに薄れていきますので、できれば、なるべく早期に各人の動きを時系列にまとめたほうがいいでしょう。その場合、客観的に明らかな出来事や時間を軸として整理し、あいまいな部分はあいまいなままとし、区別してまとめてください。
なお、機器類に残っている時間とデータを軸として整理する場合でも、その機器類に設定されている時間自体が正確とは限りませんので、設定時間のズレの有無をきちんと認識しながら、整理する必要があります。
必ず書面に落とし込み、誰が説明しても同じ内容になるように準備しておくと、警察やご家族・ご遺族への対応時に役立ちます。
実は、医療事故が発生した場合の初期対応において、この作業が最も大切なのですが、関係者全員から聞き取った内容をまとめあげなければならず、非常に困難を伴うため、必ず病院全体で取り組まなければならない作業になります。
関与した人を一人にしない
警察に届け出るということは、刑事手続きに巻き込まれるということを意味します。※警察に連絡すると、すぐに(場合によっては数分で)何人もの警察官がやってきます。警察は直ちに証拠の収集と事情聴取をします。事故に直接関与した人がはっきりしている場合、その本人はとても大きく動揺することが予想されますので、※誰かが必ず付き添っておく必要があります。
その本人とすぐに連絡ができる状態であれば、必ずしも院内にいる必要はないのですが、自宅や寮に帰った後でも、誰か家族を呼ぶなどして絶対に一人にしないように注意します。
警察から呼ばれても出向かないと、「証拠を隠すのではないか」「逃げたのではないか」(これを「罪証隠滅・逃亡のおそれ」といいます)があるとみなされ、逮捕されてしまう可能性があります。
そのためにも常に連絡がとれるような状況を確保した上で、絶対に本人一人にせずに誰かが付き添っておくことが大切です。なお、警察の事情聴取の際には、当たり前ですが、「逃げない」「隠さない」「ごまかさない」が鉄則です。
POINT4 できるかぎり早期に事実確認を行うこと
POINT5 警察はすぐに事情聴取と証拠収集に来る
POINT6 直接関与した人が明確な場合は、常にフォローが大切(一人にしない)
POINT7 「逃げない」「隠さない」「ごまかさない」が鉄則
(『ナース専科マガジン』2011年2月号より転載)
※ 次回は、カルテや看護記録の取り扱いについて解説します。
【連載】医療事故、あなたならどうする?
第2回 【医療事故】警察が来る前にしておきたいことは?
2012/05/04
監修 水島幸子
社団法人大阪府看護協会および社団法人兵庫県看護協会顧問弁護士。
今回は警察に届け出てから、警察が病院に来るまでの間に何をしておけばよいのか、何をしてはいけないのかを解説します。
Q 警察に届けると、カルテや看護記録を押収される。その前にしておくことは?
A とにかくコピー、そして写真撮影。後で整理し検討できるように記録しておきます。
押収されるものはカルテや看護記録だけではない
刑事事件になると、看護師の皆さんにとっては想定外のことが次々に起こります。法律の常識は医療の常識とは異なる、ということをまず頭に入れておいてください。
さて、※医療事故が起きて警察に届出を行うと、刑事事件として何人もの警察官がすぐに(場合によっては数分で)病院にやってきます。そして、捜査に必要とされるすべての記録が押収されます。いつもは静かな病棟やナースステーションがあっという間に物々しい雰囲気に変わります※1)。
看護師の皆さんは、保管義務があるカルテ(検査結果やX線写真も含む)や看護記録だけが証拠として押収されると思っておられるようですが、たしかに、※カルテや看護記録は最も重要な証拠ですが、そのほか、通常でしたら破棄してしまうようなメモ類やチェックシート類、またマニュアル類なども含めて、関連するものはすべて押収されます。要は、警察が証拠になりうると判断したものはすべてです。
したがって、とにかく押収される可能性のある※資料はすべて確実にコピーをとることが大切です。人海戦術で、色がついている書類ならカラーコピー、コピーができない物品なら写真を撮ります。押収されてしまえば、それらの資料は手元に残らないからです。
警察から押収した資料のリスト(押収品目録)がもらえますが、押収されたもの自体は病院側には残らないわけですから、病院側としては、警察に提出したもの自体の写しを確実に残して、整理しておくことが大切です。
※1)病棟に刑事事件の捜査で警察が入る:普段、看護師が経験しない事態です。ひとたび事故が起こると、物々しい状況の中で事情聴取が行われますので、なかなか冷静に対処することは難しいでしょう。そこで私が顧問弁護士を務めている国立病院機構(近畿ブロック) では、年に2回ほど、警察から取り調べを受ける場面のシミュレーションを体験してもらっています。私が警察官役をやり、証拠書類の押収や事情聴取のやりとりなどを経験してもらうのです。いつ何が起こるかわからない時代です。いざというときに、可能な限り冷静かつ適切に対応できるようにするための、心構えを養っておくことはとても大切です。
POINT1 警察に届出を行うと、直ちに警察官が病院に来て、関連するすべての証拠を押収される
POINT2 証拠書類にあたるのは、カルテ(検査結果やX線写真含)、看護記録、メモ類、チェックシート類などすべての書類。ただし最も重要な証拠はカルテと看護記録
POINT3 とにかく人海戦術ですべてのコピーをとる。色つきの書類なら必ずカラーコピー、物品なら写真を撮る
※次ページでは、電子カルテについて解説します。
電子カルテのプリントし忘れは、隠蔽を疑われる
また、※電子カルテの場合、警察へはプリントアウトして提出するわけですが、提出し忘れたページがあると隠蔽を疑われるため、要注意です。一括出力でプリントアウトしたつもりが、実際には、リンクをクリックして開かなければプリントアウトされないページが残る場合が多いです。プリントのし忘れがあると、そのつもりがなくても証拠隠蔽を疑われる可能性がありますので、万全を期して電子カルテのソフトの操作に長けた人が、作業に携わったほうがよいでしょう。
なお、これも当たり前のことですが、※証拠書類は絶対に手を加えてはいけません。例えば、過去のカルテを整理しているときに良かれと思って何か補足したり、書き加えたり、訂正したりする等、絶対にしてはいけません。たとえ書き加えた内容が真実であっても、改ざんとみなされ、「嘘をついているのではないか」「ほかにも書き換えたところがあるのではないか」などと、あらぬ疑いをかけられるおそれがあるからです。
もし、どうしても何かを追記したいのであれば、追記したということが第三者にもわかるように、例えば別紙を添付して、誰がいつどこをどのように訂正するのか、訂正前と訂正後が明確にわかる形にして追記するようにしましょう。未整理の記録を整えるのはよいと思いますが、あたかもその当時に書いたかのごとくに書き加えるのは、絶対にやめてください。
いずれにしても、※記録類の管理がずさんだと、悪性立証※2)に使われることがあります。日ごろから記録類の整理と管理を心がけておきたいものです。
※2)悪性立証:起訴にあたり、検察官が被告人の悪い側面(前科や性格など)を強調して、立証すること。
POINT4 電子カルテの場合はプリントアウトして提出。提出し忘れたページなどがあると隠蔽を疑われるため注意すること
POINT5 提出書類は絶対に手を加えてはいけない。追記したい場合は追記したことが第三者にわかるように、別紙を添付して記載するように
POINT6 記録類の管理がずさんだと、悪性立証に使われることがある。日ごろから記録類の整理と管理を心がけよう
※次回は、事情聴取のときの注意点について解説します。
(『ナース専科マガジン』2011年2月号より転載)
【連載】医療事故、あなたならどうする?
第3回 事情聴取で注意することは?
2012/05/11
監修 水島幸子
社団法人大阪府看護協会および社団法人兵庫県看護協会顧問弁護士。
事業聴取は、警察に届け出た後、院内でも行われますし、警察署から呼び出されることもあります。医療事故のあった病棟のスタッフは、事情聴取受けることになると覚悟をしなければなりません。そこで、事情聴取を受ける際の注意点を知っておきましょう。
Q 警察から呼び出しがあり、事情聴取が始まったら、どんなことに注意すればいいの?
A 発言がぶれたり間違ったりしないように、警察で聞かれたことや警察で話をしたことは、書面にまとめておきましょう。
自分の発言がぶれないように工夫する
事情聴取は、警察へ届け出た直後に病院の中でも行われますし、その後、警察署から呼び出しがある場合もあります。警察からの呼び出しがあった場合 は、必ず応じましょう。ただ、業務やシフト等の関係で警察が指定した日時に出頭できないような場合は、警察と相談をして、日程調整をしてもらいましょう。 医療事故のあった病棟のスタッフは、しばらくの期間、事情聴取を受けることになると覚悟しなければなりません。
事情聴取の際に※話した内容を基に、供述調書が作成されます。事情聴取の日によって担当刑 事が替わったりしますが、何度も同じことを聞かれることがあります。人間の記憶は時間とともに薄れたり、あやふやになりがちなものですが、発言がぶれると 疑われ、結果的に警察が想定したストーリーのほうへ誘導される危険があります。
おそらく看護師の皆さんは、頭の中がパニックになって、正常な受け答えがで きないケースが多いでしょうから、※事故当日の事実関係や時間、医学的な専門用語も含めて、覚えていることすべてを一度、紙に書き出してまとめてから、事情聴取に臨むことをお勧めします。また、そのような※書面を事情聴取の際に警察に提出すると、医療知識のない警察にとってもありがたく、それを基に聴取が行われますから、自分の発言がぶれることもなく、警察から不当な誤解を受けることを防ぐこともできます。
落ち着いて臨むためにシミュレーションを行っておく
とにかく事情聴取では、警察にかなり厳しく問い詰められることもありますので、看護師側もしっかり意思をもって臨みたいものです。※最初に、聴取を担当する刑事の名前は必ず確認しましょう。できれば、名刺をもらうといいでしょう。なお、既に刑事弁護人を選任して弁護人選任届を警察に提出している場合は、警察もあまりに威圧的な言動はしないと思います。
安心して事情聴取に臨むためには、弁護士と事前に十分な打合せをしておくことが必要です。ある程度、想定される質問事項について、弁護士と事情聴取 のシミュレーションをしておくことが大切です。事情聴取の大まかな流れを理解しておくと、「これから何が起こるんだろう」という抽象的な不安に押しつぶさ れてしまいパニックに陥るといった、最悪の事態を防ぐことができます。
POINT1 答えたことは、供述調書に記載される
POINT2 何度も同じことを聞かれるが、記憶はどんどんあやふやになる。発言がぶれると、あらぬ疑いをかけられることになる。ぶれないように覚えていることはすべて、紙にまとめておくとよい
POINT3 事故当日の動きについて、まとめた用紙を提出するとよい。これを基に聴取が行われる
POINT4 事情聴取では、かなり厳しく詰め寄られる。こちらもしっかり意思をもって臨みたい。まず担当刑事の名前を聞くこと。刑事弁護人を選任している場合は、十分な打合せをしてから事情聴取に臨むことが必要
※次ページでは、事情聴取後に作成される供述調書について解説します。
供述調書は違うところがあったら修正を求めること
ひととおりの事情聴取が終わると、供述調書が作成されます。必ず「読み聞け」といって、事情聴取をした刑事が供述調書の記載内容を読んで聞かせてくれます。内容に間違いがなければ、供述調書の末尾にサイン(署名捺印)を求められます。サインすれば供述調書は出来上がり、証拠になってしまいます。
自分の話したことが警察にすべて正しく理解され、調書になると思っている看護師さんが多いようですが、実際には「こんなことは言っていない」「これはニュアンスが違う」と感じることが少なくありません。
ですから、調書を見せられたときに、※ほんの少しでも「違う」と思ったら、絶対にサインしてはいけません。「ここを変えてください」と修正を求めましょう。修正してくれるまで、絶対にサインをしてはいけません。警察は医療の素人です。いくら説明しても内容が専門的ゆえ、なかなか理解してもらえないような場合が多いのです。そういう場合は、「私が自分で修正します」と申し出るのもひとつの方法です。
繰り返しますが、修正を求めたにもかかわらず、修正してもらえず、内容が間違ったままになっている(あるいは、ニュアンスが異なっている)場合は、絶対にサインしないこと。サインを拒否しても不利に扱われることは絶対にありませんので、自信をもって臨んでください。供述調書にサインを拒否したことを理由に不利に扱うのは、違法だからです。
※事情聴取が終わったら、聞かれたことと話したことを自分ですぐに記録しておきましょう。私が担当する事案では、事情聴取を受けた人には必ずその日のうちに、聞かれた質問と答えた内容について、本人に再現メモを作成してもらいます。日が経てば記憶はどんどん変わりますので、自分自身を守るためにもきちんと記録しておきましょう。
POINT5 事情聴取が終わると供述調書にサインを求められるが、ニュアンスも含め、少しでも話したことと違っていたら絶対にサインしてはいけない
POINT6 事情聴取が終わったら、聞かれたことと話したことを、すぐ記録しておくこと
※次回は、弁護士へはいつ依頼すればいいのかを解説します。
(『ナース専科マガジン』2011年2月号より転載)
【連載】医療事故、あなたならどうする?
第4回 弁護士に依頼するタイミングっていつ?
2012/05/18
監修 水島幸子
社団法人大阪府看護協会および社団法人兵庫県看護協会顧問弁護士。
直接、事故を起こしていなければ被疑者になることはないかというと、一概にそうとは言い切れません。
事故発生後、混乱することなく事実を整理し、対策を立てるためにも弁護士という法律のプロに依頼する必要があります。今回は、どの時点で依頼するのがよいのかを解説します。
Q 弁護士を依頼したほうがよいと言われましたが、事故のどの段階で依頼すればよいですか?
A 弁護士への依頼は、できるだけ早く、とにかく書類送検前に。
直接関与していなくても被疑者となる可能性はある
事情聴取というと、単に医療事故が起こった当時の状況について、警察から話を聞かれているだけと考えている看護師の方々もいるかと思いますが、警察はただ話を聞いているのではありません。事件性があるのかどうか、誰が被疑者(容疑者)なのか、一見して医療事故に直接関与していないスタッフに対しても、疑う姿勢で対応してきます。
つまり、※その当日現場にいなかったスタッフでも、被疑者になる可能性はあるということです。実際、管理不行き届きなどで、幇助(ほうじょ)罪に問われた事例もあります。
警察の事情聴取に呼ばれたけれど、自分が果たして被疑者なのかどうかということは、分かりにくいものです。事情聴取の際、刑事から「あなたは被疑者です」という通告もありません。そのため、※事故発生から何カ月も経過した後に書類送検されて初めて、自分が被疑者であるということを知るケースも多いのです。
そこで、自分が被疑者かどうかを見分けるポイントをご紹介します。それは事情聴取の冒頭で、「いまから話を聞きますが、言いたくないことは言わなくてもいいです。しかし言ったことは証拠になりますので、正確に話してください」という説明(これを「黙秘権の告知」といいます)を受ける場合があります。
※この黙秘権の告知を受けたら、被疑者として扱われているということを意味します(その時点で、「今のは、黙秘権の告知ですか」と質問してもいいでしょう)。あるいは、供述調書の冒頭に黙秘権の告知「あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げて」という文言が記載してあれば、被疑者として扱われているということを意味します。
POINT1 直接事故を起こしたスタッフでなくても、被疑者になる可能性は十分にある
POINT2 送検されるまでに数カ月以上かかる場合が多い
POINT3 黙秘権の告知があれば、被疑者として扱われていることを意味する
※次ページでは、弁護士に依頼する具体的なタイミングについて解説します
対策を立てるため、早めに依頼する
ところで、医療事故が発生した場合、ご家族・ご遺族への適切な対応はもちろんのこと、警察対応において、不当に不利な立場に立たされないためには、※事故発生後、なるべく早い時点で、事実を整理し、どういう方向に進むのかを見極め、対策を立てなければなりません。こうした対策をきちんと立てるのは簡単な ことではなく、そのためには弁護士(刑事事件の場合は、「刑事弁護人」といいます)という法律のプロに依頼するのがベストです。
さて、質問にある弁護士への依頼の具体的な時期ですが、書類送検され、検事調べが始まろうとしている段階で依頼しても、時すでに遅しの感があります。※やはり、送検(事件が検察へ送られることを「送検」といいます)される前、できれば、警察へ異状死の届け出をした直後か、遅くとも黙秘権の告知を受けて自分が被疑者だと判明した時点ですぐに、弁護士へ依頼すべきです。
なお、弁護士にはそれぞれの得意分野があります。特に、医療事故の刑事事件は特殊な専門分野です。※なるべく、医療事故の刑事事件を多数取り扱ったことがある実績のある弁護士に依頼しましょう。近くに適当な弁護士が見つからない場合は、ほとんどの病院には顧問弁護士がいますから、※まず病院の顧問弁護士に相談して、紹介してもらうのもいいでしょうし、それでも見つからないような場合には、日本看護協会や各地の看護協会に相談するのもいいでしょう。私自身も看護協会からのご紹介で、これまで何件も医療事故の刑事事件を受任してきました。
POINT4 事故後早期に弁護士に依頼し、事実を整理し、どういう方向に進むか見極め、対策を立てておくことが大切
POINT5 遅くとも黙秘権の告知を受けた時点で、弁護士へすぐ依頼する
POINT6 医療事故の刑事事件に実績のある弁護士に依頼する
POINT7 弁護士が見つからなければ、
(1)病院の顧問弁護士に相談、
(2)看護協会に相談するとよい
※次回は、弁護士を選任する際の注意点について解説します。
(『ナース専科マガジン』2011年2月号より転載)
【連載】医療事故、あなたならどうする?
第5回 【医療事故】刑事弁護人を選任するときの注意点は?
2012/05/24
監修 水島幸子
社団法人大阪府看護協会および社団法人兵庫県看護協会顧問弁護士。
前回は、どのタイミングで弁護士に依頼すればよいのかを解説しました。今回は、選任する際の注意点について解説します。
自己弁護のためだけではなく患者さんに何ができるか考える
刑事弁護人を選任する際の注意点ですが、残念ながら、病院の顧問弁護士の中には、個人責任が問われる刑事事件に対して、「個人の責任をなぜ病院が主体で守らなくてはいけないのか」「個人に弁護士をつけるとご家族・ご遺族の反感を買う」という考え方をもっている顧問弁護士がいるのが実情です。
場合によっては、医療事故の刑事事件の場合、これまで多くのケースで、略式起訴という形で処理されることが多かったことから、「どうせ略式罰金だから」と安易に考えられることもあります。
また実際、被疑者となった医療者が弁護士に相談に行くと、「起訴されてから来てください」と追い返されたケースもあると聞きます。一口に弁護士といっても、専門分野もいろいろな上に、考え方もさまざまなのです。
当然、私は私自身の経験でしかお話しできませんし、私の考え方が絶対に正しいというつもりはありません。
ただ、起訴されてからでは遅すぎます。略式罰金も正真正銘の前科です。起訴されてからできることがあるのであれば、起訴される前にすべてやるべきです。
そして、刑事弁護人を付けてやるべきことというのは、自己弁護に終始するということではありません。医療事故が発生した場合にやるべきことというのは、被害者となってしまった患者さんのために、できることは何かを刑事弁護人と一緒に考え、最後までやり抜くことなのです。
※次ページでは医療事故の対応を病院全体で取り組むことの必要性について解説します。
医療事故への対応は病院全体で取り組む必要がある
※医療事故は病院という組織の中で起こることです。それにもかかわらず、単に個人が罪を被って終わりでは、何ら教訓が生かされないまま、医療事故は増える一方です。もちろん、略式罰金でも、看護師本人の経歴に傷が付きますし、事実上復職が困難となります。病院がそのような受け身の姿勢では、職員の士気も下がってしまいます。
言うまでもなく、医療事故への対応では、病院の考え方や姿勢が大きな鍵を握っています。医療事故が発生した場合、大切なのは、医療事故の被害者となってしまった患者さん・ご家族・ご遺族が望んでいることは何かという視点を常に念頭において、刑事弁護人と一緒になって、事実の解明・原因の分析およびそれらを踏まえた再発防止を策定することです。
これらのすべてにおいて適切な対応や対策をするためには、病院全体で取り組む必要があり、個人では到底不可能です。
確かに、医療事故を起こさないことが何よりも大切なのですが、ひとたび医療事故が発生してしまった場合、病院全体が一丸となって取り組まなければ、医療安全は達成できません。医療事故が発生した後にそれを教訓とし、見事に生まれ変わった病院はいくつもあります。
そして、実際に私自身が担当した医療事故の刑事事件で、そのように病院全体で取り組むことができた事例については、結果的にではありますが、今までのすべてのケースで、看護師個人・医師個人とも全員が不起訴処分となっています。被疑者となった皆さんは、それぞれ現職として元気に働いています。
一度、医療事故を経験し、逆境にめげずに、被害者への謝罪等を含めきちんと対応することができた医療者は、生まれ変わったようにたくましく、感心するほどです。
医療事故が刑事事件となった場合でも、病院の利益と個人の利益は対立も矛盾もしないという認識を、院内全体で共有していただきたいと思います。
POINT1 単に個人が罪を被って終わらせようとしないこと
※次回からは、知っておきたい法律関連用語について解説します。
(『ナース専科マガジン』2011年2月号より転載)
【連載】医療事故、あなたならどうする?
第6回 法律関連用語 看護師に法的責任が生じるときとは?
2012/06/03
監修 水島幸子
社団法人大阪府看護協会および社団法人兵庫県看護協会顧問弁護士。
自分を守るための基礎知識として、知っておきたい法律関連用語を紹介。今回は法的責任が生じるときとは、どんなときなのか、法律用語を交えて解説します。
民事上、刑事上、法的責任が生じるときとは
医療事故が起きた場合、それに関与した看護師に法律上の責任があるのは「悪い結果」が発生した場合です。つまり、例えば与薬ミスがあったとしても、患者さんに何も悪い結果が生じなければ、「過失」はあったとしても民事上、刑事上の責任といった法的責任を負うことはありません。では、悪い結果が生じたことで看護師に責任が生じるのは、どのような場合であるかを以下に説明しましょう。
因果関係
看護師に法律上の責任が生じるには、看護行為と悪い結果との間に因果関係がある必要があります。ここでいう因果関係とは、時間的前後の関係にある事実の間に存在する、「必然的関係」です。民事上の責任(損害賠償責任)を問われたり、刑事上の責任(業務上過失致死傷罪)が成立するには、看護行為と悪い結果の間に因果関係が立証されることが条件になります。
責任を負う範囲は、その看護行為によって生じた悪い結果や損害のうち、「そのような行為があれば一般に生ずるであろう」と認められる範囲に限る(相当因果関係)とされ、「通常の看護師が知りまたは予見することができたであろう一般事情」のほか、「その看護師がその看護行為の当時知りまたは予見していた特別な事情」を基礎として考えられます。
過失
看護師が法的責任に問われるのは、看護行為に過失がある場合に限られます。つまり、看護行為と悪い結果との間に因果関係があっても、看護行為に過失がなければ法的責任はないことになります。
「過失」とは不注意のために事故の発生(その可能性)を予見せず、事故の発生を回避しないことです。過失は「注意義務違反」と同義であり、結果発生の「予見可能性」および「結果回避可能性」に分けられます。予見可能性があり、結果回避可能性がある場合に限って、過失が認められることになります。
通常、悪しき結果の発生に最も身近な立場の者が当事者となり、その当事者の過失の有無が問題となりますが、ほかに、結果発生を予見できるあるいは結果を回避できる立場にあった者も、当事者となる場合があります。例えば悪しき結果を生じた行為の実行者だけでなく、その実行者を指導・監督する立場にあった者も当事者として過失責任を問われる場合があるということです。
なお、過失が問われる看護行為としては、行為そのものが悪しき結果の直接原因となる「作為型」と、適切な対応を行わなかったために悪しき結果を招いたとする「不作為型」があります。作為型とは「やってはいけないことをやった」という場合であり、不作為型は「やるべきことをやらなかった」という場合です。
次ページでは、予見可能性と結果回避可能性について解説します。
予見可能性
その行為によって悪い結果が生じるのを予見できたはずなのに、予見しなかったという場合に「予見可能性」が認められます。「予見可能性」がない場合は、過失はありません。
「予見可能性」があるかどうかは、当事者が予見していたかどうかという判断ではなく、当事者と同等の標準的な医療従事者ならば通常予見できることだったのかどうかが、判断となります。
また、起きた出来事が予見可能かどうかは抽象的・潜在的な可能性ではなく、具体的な事象に基づいて、発生するリスクの高さを認識できたかどうかで判断されます。例えば、うつ病の患者さんは自殺の可能性が高いという教科書的知識は、抽象的・潜在的な事象ですが、患者さんの病状や自殺をほのめかすような言動等があったという情報は、具体的な事象になります。
結果回避可能性
「予見可能性」が認められても、「結果回避可能性」がなければ、過失はありません。悪い結果を予見できても、その結果を回避できる可能性がなければ、法的責任は発生しません。具体的に結果を回避する有効な手段があり、その状況で回避行為を取ることができたはずだと判断された場合に「結果回避可能性」を問われることになります。
「予見できたはずのこと」を予見していなかった、あるいは予見できていたとしても、事故の回避手段をとることが可能であったにもかかわらず「やるべきことをやらずに」事故を発生させてしまったという場合に過失(注意義務違反)責任を問われることになります。
次回は、医療事故が起きたときに生じる責任について、法律関連用語を解説しながら、考えます。
(『ナース専科マガジン』2011年2月号より転載)
【連載】医療事故、あなたならどうする?
最終回 法律関連用語 医療事故が起きたときに生じる責任について?
2012/06/10
監修 水島幸子
社団法人大阪府看護協会および社団法人兵庫県看護協会顧問弁護士。
今回は医療事故が起きたときに生じる責任について、法律関連用語の解説を交えながら、説明します。
医療事故が起きたとき、3つの責任が発生する
医療事故によって被害が発生した場合、事故によって発生した身体的、精神的、経済的損失などを賠償する(民事上の責任)、行為者が行為に対して国から刑罰を受ける(刑事上の責任)、事故を起こした当事者が医療従事者としてふさわしい資質を備えているかどうかを監督行政機関から判断を受ける(行政上の責任)という、3つの責任が発生します。以下に3つの責任に関連する言葉を説明します。
損害賠償責任
医療事故によって患者さんに被害が生じた場合、病院あるいは医療者個人が民事上の責任として、1)債務不履行責任、または2)不法行為責任に問われることになります。
債務不履行責任は、患者さんと医療機関との間に診療契約があることを前提とし、医療機関の開設者に対して患者側が損害賠償を求める形になります。一方、不法行為責任は契約関係の有無を問わないので、民法所定の要件を満たした場合に、加害者である病院あるいは看護師個人が、被害者である患者側に対して負うことになります。
示談(和解)
示談とは、裁判手続きによらず当事者間の話し合いで解決するということで、裁判外での和解を意味します(裁判上でも和解ができます。裁判上の和解と区別して示談といいます)。
示談(和解)では、双方が合意すれば、損害賠償の金額のみに内容を限定する必要はなく、謝罪や再発防止努力など、当事者が解決に向けて納得するための事柄を、合意内容に含むことができます。しかし話し合いで解決ができなかった場合には、裁判所の調停手続き、訴訟手続きが利用されることになります。
業務上過失致死罪
医療事故が発生した場合、医療者個人が業務上過失致死傷罪(「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役もしくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する」(刑法第211条第1項前段))に問われる場合があります。
民事責任の場合と異なり刑事責任の場合は、加害者である看護師個人のみの責任が問われます。なお、刑事手続きにおいて、起訴されるまでは「被疑者」、起訴された後は「被告人」と呼ばれます。
また、刑罰として懲役、禁錮、罰金がありますが、罰金はあくまで国に納付するものであり、被害者に支払うべき損害賠償金とは異なります。罰金を払ったので損害賠償をしなくてもよい、損害賠償をしたから罰金が科されることはない、というものではありません。
そして、民事で被害者と示談が成立していたとしても、それによって刑事上無罪になるわけでもありません。ただ、被害者と示談が成立していることは、情状の一つとして重視されます。
次ページでも引き続き、医療事故が起きたときに生じる責任について解説します。
行政処分
医療従事者としての資質等を備えているかどうかの判断を監督行政機関により受けることで、保健師助産師看護師法あるいは看護師が国家公務員や地方公務員である場合は国家公務員法・地方公務員法により、看護師免許の取り消しまたは業務の停止処分を受けたり、免職、停職、懲戒、減給、戒告などの処分を受けることです。
看護師免許と医行為
医師法17条により「医師でなければ、医業をなしてはならない」と規定され、医行為の中には医師の指示によっても看護師が行うことができないことがあるとされ、これを「絶対的医行為」といいます。
また、医師の指示があれば看護師が行うことができるのは「相対的医行為」といい、診療の補助がこれに当たります。一方、療養上の世話は看護師本来の業務であり、医師の指示によらず原則として看護師の裁量で行うことができる行為で、これを「絶対的看護行為」といいます。
看護師免許によって業として行うことが解禁されている行為は、保助看法5条によれば「絶対的看護行為」である「傷病者若しくはじょく婦に対する療養上の世話」と、相対的医行為である「診療の補助」です。そして保助看法31条には、看護師でない者がその業を行うことはできないと規定されています。
これに違反した場合は2年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金に処せられます(保助看法43条1項)。例えば、無資格者に看護業務を代行させていた場合などは、代行していた無資格者はもちろんのこと、代行をさせていた者も保助看法違反に問われることになります。
次ページでは、看護師のみなさんへのメッセージを掲載します。
Message 看護師のみなさんへ
医療が高度化・複雑化している現代では、医療事故に関与してしまう可能性は誰にもあるといえるでしょう。そして医療事故が起きてしまったとき、特に看護師さんに多いのは、“私が起こしてしまった事故だから私がいけないのだ、私さえ罪を被ればいいのだ”と考え、自分を責めてしまう姿勢です。
事実、略式起訴を選び、罰金を受けて終わりにすることで、看護師の関与した事故が処理されてきたという時代がありました。しかしそれでは何も解決しないのです。
エラーはシステムの中で起こります。“自分はいま、医療事故を体験してしまったけれど、これを機に心を強くして病院とともに変わろう”、そのような意識をもたなければ、また同じことが起こり、第二、第三の自分を作ってしまうだけなのです。
医療事故を契機に、病院とともに一丸となってシステムを改善するきっかけを与えられたのだと考え、病院全体で安全な医療者に生まれ変わっていく意思を固めることが大切です。
怖がらずに、「医療事故が刑事事件になったときこそ、病院が一丸となって取り組むべきときだ」という考えをもっている弁護士を探して刑事弁護人に選任し、その刑事弁護人とともに、被害者となってしまった患者さん・ご遺族のためにできることは何かを一緒に考えながら、病院全体を動かしていくといった意識をもってほしいと思います。
※引用・参考文献
1)荒井俊行、ほか 著「裁判例から読み解く 看護師の法的責任」日本看護協会出版会、2010.
2)小海正勝 著「看護と法律」南山堂、2004.
3)深谷 翼 監「Q&A現場で困ったときの法律活用術」日本看護協会出版会、1998.
(『ナース専科マガジン』2011年2月号より転載)
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