世界で年間60万人、我が国においても年間1万5千人(男5千人、女1万人)の死亡者を出しているという推計がある。戦争でも虐殺でも巨大災害でもなく、脳卒中、心筋梗塞、狭心症、肺癌などの悪性腫瘍、COPDや乳幼児突然死症候群を引き起こす「受動喫煙」による死亡者数である。
WHOのたばこ規制枠組み条約(FCTC)の第8条に「受動喫煙対策」がうたわれているが、2004年に締結して以降、日本での対策は全く進んでおらず、世界最低のレベルと言われている。今年4月7日来日したWHOの生活習慣病予防部長のダグラス・ベッチャー氏は日本の現状に強い危惧を覚えたという。「受動喫煙の害をなくすためには、屋内完全禁煙以外の方法はない。分煙や喫煙室の設置も効果がないことは科学的に証明されている」ことを受けて、厚労省は「主な公共施設は建物内完全禁煙とし、学校や病院はより厳しい敷地内完全禁煙、飲食店などでは原則建物内禁煙で、違反者には罰則が適応される」受動喫煙防止法案を国会に提出しようとしたが、一部の議員や団体の反対により暗礁に乗り上げている。これまでの最低レベルを脱出するためには、東京オリンピックを間近に控えた今が最後のチャンスであるにもかかわらず、嘆かわしいことである。
2010年に国際オリンピック委員会(IOC)とWHOは「タバコのない五輪」の推進で合意し、それ以降の開催国では、いずれも罰則付きで飲食店の建物内完全禁煙の規制を実現している。このままでは2020年の東京オリンピックは「受動喫煙対策」を初めて実現できなかった回として、もしかすると唯一できなかった回として。未来永劫歴史に汚名を残すことになるであろう。
日本禁煙学会によれば、日本でタバコ規制が進みにくい要因として、多くの政治家にタバコ販売・耕作者団体からの献金があることや、JTが主要メディアのスポンサーになっていること、さらにタバコの税収が毎年2兆円を超え、JT株の3分の1を財務省が保有していることに加え、財務省からJTに官僚が数多く天下りしていることを挙げている。国民の健康より政治家の利益を優先する体質が、あからさまになりつつあるようである。
世界水準の受動喫煙防止法の一刻も早い実現のためには、世論の高まりが重要であるが、先に述べた背景のためか、主要メディアの取り上げ方は不十分と感じている。われわれ医療関係者が率先して、多くの市民に啓発活動を行っていく必要があると考えている。
この小文を執筆中に、先々代の神奈川県内科医学会会長で永年にわたり禁煙の啓発活動にご尽力された中山脩郎先生のご逝去の報に触れた。今年の春にも行われた90歳の年齢を感じさせない力強いご講演の姿が思い出される。先生のご冥福をお祈りすると同時に、悲願であった日本での速やかな禁煙社会実現への意思をより強固なものとした次第である。(記 岡 正直)
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