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2015年7月27日月曜日

日臨内ニュース「万華鏡」2015年7月25日

 誰もがよい人生を送りたいと願っている。何がよい人生であるかは人によって違うだろうし、もちろんそれでよいのだが、それぞれのよい人生を生きることを手助けするのが健康に関わる医師の使命であることに疑いはないであろう。医師が最良と考える医療と患者が望む医療がぴたりと一致していれば理想的だが、現実的には多少の食い違いはあるし、不幸にして医師と患者が対立し、強い不満感を抱きながら医療が頓挫することもある。最悪の場合、医事紛争のような残念な結果となることもある。以前のパターナリズム主体の医師患者関係の立場からみれば、患者の権利意識の肥大と捉えられそうだが、本来患者には自らの望みをかなえ納得のいく医療を受ける権利があるはずである。また、すべての臨床医は自分の持てる全ての知識と経験をもって患者を幸せにすることに情熱を傾けつつ日々の診療にあたっているものと確信している。にもかかわらず、医師と患者がすれ違う原因はどこにあり、どうすればなくすことができるのだろうか。答えは医師と患者との間のコミュニケーションにあると思う。
 以前より患者主体の医療の重要性が強調され、インフォームドコンセントが実践されてきたが、十分に機能しているとは言えない場面も多いのではないだろうか。一般的に良好なコミュニケーションを確立するためには、お互いの理解と双方の歩み寄りが必要であるが、医師と患者の間にはこれを困難にする壁が存在する。現代のきわめて高度に進歩し専門分化した医学の内容を、それについての予備知識のない患者に伝えるのに、その人の抱える病気やそれに対して行うべき治療の内容をわかりやすく説明することに、たとえかなりの時間を費やしたとしても、相当な困難がある。インターネットなどで誤った予備知識を持っていたりすると、さらに正しい理解から遠ざかることになる。いきおいEBM(evidence-based medicine)に基づき各分野で整備されたガイドラインの内容を一方的に押し付けることになっていないだろうか。エビデンスを収集吟味して臨床に役立つ適切な情報を効率的に提供するのが診療ガイドラインだが、実臨床においてはそれに縛られることなく、思慮深く最適の診療をしなければならない。では患者にとっての最適の診療とは何なのだろうか。
 誰もがよい人生を送りたいと願っている。よい人生を捜し求め続けてきた患者それぞれに個々の物語がある。エビデンスに基づく診療ガイドラインの恩恵をひとりひとりの患者の人生に生かすためには、患者それぞれの物語(narrative)に寄り添いながら診療を進めることが望まれる。このようなNBM(narrative-based medicine)は決してEBMと対立する概念ではなく、相互に補完しあいながらマスとしての疾病に対する治療を、個としての人の病への手当てにつなぐものとなるであろう。その中にこそ、よりよいコミュニケーションに基づく医師と患者の関係の未来が見えることを確信している。

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